アーキテクト

一条真也です。

今日は、建築家の白川直之さんが訪問してくれました。
白川さんは、北九州を代表する建築家として知られる方です。
わたしにとっては、高校の先輩でもあります。
地元の小倉高校から京都大学の建築科に進学され、長いあいだ、東京で建築家として活躍されていました。
多くの独創的な建築物を手がけられ、たくさんの賞を受賞されています。
そして、数年前に故郷に帰って来られたのです。
白川さんのお父さんは元TOTOの社長さんでした。
また、お兄さんは日本銀行白川方明総裁です。
現職の日銀総裁の弟さんといっても、白川さんはとても腰の低い方です。
「いつも大変お世話になります」と言って丁寧にお辞儀をなさるので、こちらが恐縮してしまいます。建築家には変わった方が多いですが、その意味で白川さんは非常にノーマルな方です。わたしは、白川さんほど礼儀正しい建築家に会ったことがありません。
その意味では、建築家としては変わっているのかもしれませんね。(笑)
  
         「四大聖人」の絵を背にした、聖人のような白川直之さん


白川さんには小倉紫雲閣のリニューアルや苅田紫雲閣などのセレモニーホールの設計をお願いしました。先日のブログにも書いたように、小倉紫雲閣の葬送スペース「月の広場」は大きな話題となりました。
今も、福岡県宗像市に建設中の新しいセレモニーホールの設計をお願いしています。
これまでの常識を超越した画期的なデザインで、完成すれば話題を呼ぶと思います。
白川さんは何よりも「葬送」という営みの本質を考え抜いて下さる点がありがたいです。
わたしの書いた本を読まれて、哲学的な議論をしたりもします。
白川さんは恐ろしいほど深い思索をされます。
その風貌も、なんだか実存主義の哲学者みたいです。
まるで哲人のような白川さんと、わたしの意見は意外と合います。
建築とは「世界観の表現」に他なりませんが、その意味で、わたしと白川さんの世界観は似ているのかもしれません。



今日は、くだんの新しいセレモニーホールの外装の打ち合わせの後、父である佐久間進会長も交えて、まったく新しい研修施設のアイデアを練りました。
わが社の社員の研修だけでなく、地域の方々も自由に参加できる研修所。
小笠原流礼法、江戸しぐさ、気功といった、サンレー文化を学ぶ場所。
会長によれば、そこは勉強会もできるし、茶飲み話もできるし、本も読めるし、酒も飲めるし、「隣人祭り」も開催できる、そんな場所だそうです。
会長は、地域の方々に「居場所」を作ってさしあげたいと言っていました。
なるほど、「居場所」を提供するというのは最大の「人間尊重」かもしれません。
そして、「縁側」を作って、みなさんに「縁」をつないでいただくというのです。
「居場所」と「縁側」というのは、無縁社会を打ち砕く大きなキーワードだと悟りました。
「やっぱり、親父はすげーなあ!」と思った次第です。
わたしは、その場所に近所の子どもたちを集めて『論語』を教えたいと言いました。
江戸時代の「寺小屋」を現代に復興するのです。
ならば、研修所の外観も寺小屋風にしたいと思い、わたしがそれを言うと、会長が「日田にある広瀬淡窓の咸宜園みたいな感じもいいな」と言い、わたしも「私塾風にするなら、萩の松陰神社にある松下村塾もいいですね」と言いました。
ふつう、わたしたち親子がこの手をアイデアを交換しはじめると、誰も話の輪に入って来れないことが多いのですが、白川さんは「あの〜、すみません、ちょっといいですか?」と遠慮がちに口を挟んできて、ご自身も素敵なアイデアを出してくれます。
われら親子の夢(妄想?)の世界にここまで立ち入ることができる人は初めてです。
なんだか白川さんが哲人ではなく、聖人のように思えてきました。(笑)
これからも、白川さんには世間の常識を破壊するようなブッ飛んだ、それでいてセンスの良い、何よりも世の中を良くする施設をデザインしていただきたいと思っています。
白川さん、よろしくお願いしますよ!


2010年3月10日 一条真也