月の織姫

一条真也です。
染織家の築城則子先生の工房にお邪魔してきました。
今夜、この工房で花見&月見の会が開かれたのです。
あいにくの雨で満月を見ることはかないませんでしたが、なんとも贅沢な宴でした。則子先生は、小倉織という伝統文化を復活したことで知られる北九州在住の染織家です。わたしの高校、大学を通じての先輩でもあります。
わたしの住む北九州市には「文化の砂漠」などという不名誉な呼び名がついていますが、その砂漠に咲く大輪の花が則子先生です。北九州を代表する文化人として、いつも御指導をいただいています。

              手土産のシャンパンを持つ築城則子先生


則子先生は早稲田大学在学中に能の世界にふれ、その舞台衣装の美しさに強く惹きつけられたそうです。それが染織を始められるきっかけとなり、その後、郷里である小倉にかつて小倉織という伝統文化が存在していたことを知りました。
小倉織は徳川家康も愛用していたとされます。司馬遼太郎の小説によく「小倉袴」という語が出てきますが、幕末維新の志士たちにも愛用されていました。さらには、かの夏目漱石の『坊っちゃん』冒頭には、主人公である“坊っちゃん”が小倉袴をはいて松山入りしたと書かれています。
いずれにせよ、小倉織は一時それほどまで普及していたにもかかわらず、久しくその伝統が途絶えていました。それを復元したのが築城則子先生なのです。現在では小倉織の第一人者として知られ、数多くの賞を受賞されています。



則子先生は、猪倉という北九州は八幡の深い山中に工房を構えられ、そこで機を織っておられます。
猪倉とはおそらく猪が実際に生息しているからついた地名でしょうが、まるで泉鏡花の『高野聖』を思わせるような深山幽谷です。その山中の工房で機を織る築城さんの姿は完全に浮世離れしており、初めてその姿を見たとき、わたしは民話の「鶴の恩返し」を連想し、「この人の正体はツルなのでは?」と一瞬思ったほどでした。
猪倉の工房では不定期に月見会が開催され、「北九州のヤクザな文化人の会」という秘密結社のメンバーが参加します。
じつは、このわたしも秘密結社の構成員の一員なのです。



則子先生は、こよなく月を愛する方です。
そう、わたしの同類であります。満月を見ると、魂が疼き、じっとしていられないとのことで、自ら「月ノリコ」とか「狼の血族」などと名乗っておられます。
世界には「月の織女」という神話が各地に残っています。
月に住み、糸を紡ぎ、布を織り、着物をつくる女性が登場する神話です。ポリネシアのヒナなどが有名ですね。
則子先生は、ツルなどではなく、本当は「月の織女」がその正体かもしれません。



則子先生が月に魅せられるのは無理もありません。
それくらい、猪倉の山上に浮かぶ満月は見事です。
周囲には電灯もなく真っ暗なので月が美しく見えるのです。
かえすがえすも今夜は月が見られず、残念でした。
でも、メンバー各自が持ち寄った酒は美味ですし、則子先生手作りの料理は絶品だし、また酒や料理を容れる器がいつもながら素晴らしい!


               ウクレレの弾き語りをする築城健義先生


さらに今夜は、御主人の築城健義先生がウクレレの弾き語りをしてくれるというオマケつきでした。健義先生は、「築城内科医院」の院長さんですが、大の音楽好きで、ご自分でバンドも結成されています。軽快にウクレレを弾きながら、荒木一郎「空に星があるように」、ジョン・レノン「IMAGINE」、吉田拓郎「旅の宿」の3曲を歌ってくれました。
満月の代わりに、ウクレレの弾き語りで楽しい一夜を満喫させていただきました。健義先生と則子先生、築城ご夫妻は本当に素敵なカップルです。


2010年3月31日 一条真也