「空手バカ一代」

一条真也です。

柔道一直線」の後は、同じく梶原一騎の原作である「空手バカ一代」にもかぶれましたね。そう、わたしは色々なものにかぶれやすい体質なのです、はい。
空手バカ一代」は、極真会館の創設者である大山倍達の半生記マンガで、「少年マガジン」に連載されました。アニメもヒットしましたね。「か〜ら〜ていちだい、ちかったひから、い〜のちもすてた、な〜もいらぬ」という主題歌のフレーズが今も耳に残っています。


この物語、主人公が柔道家はもちろん、プロレスラー、プロボクサー、キックボクサー、フランスのサファーデのチャンピオン、ブラジルのカポエラの達人といった世界中の格闘技の猛者たちをことごとく空手で倒しまくりました。
果ては「剣道三倍段(笑)」を乗り越えて、剣の達人までを倒します。
まさに、地上最強のカラテ!です。
この他にも、若い頃に乱暴な男を誤って殺めてしまい、正当防衛が認められたにしろ、遺族に償いをした・・・・・といったエピソードを、わたしは大山倍達の人生における実話だと思っていました。
そう、完全にノンフィクションだと信じていたんですよぉぉぉぉぉ!(ターザン山本風に)。
その後、「空手バカ一代」のエピソードの多くはフィクションというよりファンタジーであるということを知ったのですが、あの頃は完全に信じていましたねぇ。
なにしろ、物語の冒頭に、「この物語は実話である」という言葉が出てくるのですから。
もう、梶原一騎はすごすぎます。「荒業」というより「夢業」と呼びたいですね!
でも、この夢業のおかげで池袋の小さな道場が「世界の極真」にまで発展したわけですから、さすが天下の梶原一騎ですね。大したものです。
小学生の頃、わたしは柔道をやっていましたが、この「空手バカ一代」の影響で、空手を習いたくて仕方がありませんでした。
そこで極真の道場を探しましたが、当時の北九州には存在しませんでした。
そんなとき、通っていた北九州市立・桜ヶ丘小学校の体育館で週に一度、空手教室が開かれるというビッグニュースが!
わたしは親の承諾も得ずに即座に申し込み、親には「担任の先生が空手をやれと言った」とウソをついて、空手教室に入門しました。
でも、フルコンタクトの極真ではなく、寸止めの剛柔流でしたので、物足りませんでした。
3〜4回は通った記憶がありますが、突きとか蹴りの練習ばかりで、一向に板や瓦を割らせてくれないので(当たり前だ!)、飽きてきて、行かなくなってしまいました。
最後に練習に行ったとき、空手の先生に「オレは、やっぱり柔道のほうが向いとるわ」と言ったところ、「なにぃ、おまえは柔道もやっとるんか!裏切り者やなあ・・・」と先生から言われました。えっ、オレって裏切り者?!
そのとき、柔道も空手もマスターして「世界最強の男」とまではいかなくとも、せめて「小倉の番長」ぐらいにはなってやろうという野望を抱いていた自分は、柔道と空手が宿命のライバルであることを知ったのでありました。押忍!


2010年4月10日 一条真也