母のうた♪

一条真也です。

「母の日」にちなんで、「母」の歌を御紹介したいと思います。
最近、葬儀などで「この曲を流してほしい」というリクエストが多い歌があります。
メティスの「母賛歌」という歌です。
家族のヒストリーを詳細に語るところは、植村花菜の「トイレの神様」にも通じます。
「とにかく泣ける歌」として、静かなブームを呼んでいます。


それから、「母」の歌といえば、海援隊の「母に捧げるバラード」ですね。
わたしが小学生の頃にヒットしました。
中学生の頃には、「贈る言葉」が大ヒット。
武田鉄矢という、ある意味で非常に濃いキャラクターに対する好みは分かれるかもしれませんが、やはり温かい人なのだと思います。
博多座でずっと「母に捧げるバラード」の舞台に主演していました。
しかも、母子を演じる一人二役です。
カツラをかぶってお母さんの役まで演じる役者魂が凄いですね!


そして、「母」の歌といえば、日本にはあの名曲があります。
そうです、「おふくろさん」です。
故・川内康範が作詞した「おふくろさん」を森進一が歌詞を改変して歌った問題ですが、土産に置いていった虎屋のヨウカンを送り返すほど、老作詞家は激怒しました。
歌詞によほどの思い入れがあったようです。
聞けば、川内康範の母親は立派な人だったとか。
生活は豊かではなかったそうです。
しかし、さらに貧しい人がいれば必ず食事などを提供したそうです。
そして、子どもだった川内康範に「あんたは、いつでも食べられる。あの人たちは、今しか食べられないのだよ」と言って、家にあるものはすべて食べさせたそうです。そんな菩薩のような亡き母を想って作った詩が「おふくろさん」だったのですね。


歌詞の改変騒動の直後、オッチョコチョイなわたしはカラオケでよく「おふくろさん」を歌いましたが、気づいたことがあります。
そこで歌われている世界観は、あの「千の風になって」とまったく同じだということです。
死者が墓の下などにはおらず、風や光や雪や星になって、いつも生者を見守っているというのが「千の風になって」ですが、「おふくろさん」の歌詞も内容が非常に似ています。
すなわち、最初の「おふくろさんよ おふくろさん」のあと、1番で「空を見上げりゃ 空にある」、2番で「花を見つめりゃ 花にある」、3番で「山を見上げりゃ 山にある」・・・・・・・というわけで、亡き母親の魂は空・花・山といった自然とともにあり、いつも愛する息子をあたたかく見守っているのです。
まさに柳田國男が『先祖の話』で描いたような日本人の伝統的な祖霊観であり、「千の風になって」のルーツとされるネイティブ・アメリカンの世界観に通じるアニミズムです。



ともあれ、「おふくろさん」には、母への限りない感謝の心があふれています。
そして、「恩」の一字がわたしの頭に浮かんできました。
恩という文字は、その意味を自らよく表しています。
すなわち心の上の因という字は、口の中に大と書いてある。
檻の中に人を入れると囚人になりますが、この場合は人間がこのように大きくなって存在できるのは、必ず何かのお蔭によるものであるということを表しています。
したがって、それは誰のおかげであるかということを考え、これを自覚することが「恩を知る」ということなのでしょう。
恩といえば、何より自分をこの世に迎え入れてくれた親の恩を忘れてはなりません。
わが社は冠婚葬祭を業とすることもあり、わたしは機会あるごとに仏教の「父母恩重経」に出てくるエピソードを社員に紹介し、親の恩の有り難さを説いています。
とはいえ、当のわたし自身が、まだまだ親の恩や感謝の念を忘れがち。
「これではイカン!」と遺憾に思い、いつも反省しております。はい。


2010年5月9日 一条真也