最小不幸社会

一条真也です。

菅直人新首相が就任会見を行いました。
そこで、まず最初に、「最小不幸の社会」をめざすと述べました。
鳩山由紀夫前首相の「友愛社会」に代わるスローガンのようです。


「最大幸福」という言葉は聞いたことがありますが、「最小不幸」というのは聞き慣れない言葉です。でも、わたしは非常に興味深く感じました。
菅新首相は、恋愛だとか絵を描くのが好きとか、そういった個人の「幸福」の部分には政治は立ち入るべきではない、むしろ世にはびこる「不幸」をなくすのが政治の目的だと語りましたが、この言葉には共感をおぼえました。たしかに、政治がめざすのは、「幸福の最大化」ではなく、「不幸の最小化」かもしれません。
現在の日本において、明るい展望は見えないと多くの人々が思っています。
実際、日本人の心には非常ベルが鳴っていると思います。
年間約80万件の婚姻数が伸びないのはともかく、離婚の数が年間30万件です。
これは、じつに25年前の2倍の数です。
また、98年以降、自殺者数が連続して3万人を上回り、大きな社会問題となっています。この数は、交通事故死者の約4倍です。
その内訳を見ると、もともと自殺者に占める割合の高い中高年男性の自殺者数がさらに増えています。
離婚と自殺が増えつづけている国が決して豊かであるはずはありません。



心の非常ベルは、離婚と自殺だけではありません。
凶悪犯罪も深刻化しています。最近とにかく異様な犯罪が目立ちますが、少年による凶悪事件が相次いでいることが、人々の不安をより大きくしています。
容疑者の少年たちの多くは、恵まれた環境で育ち、学校の成績は良く家族環境にも大きな問題はないといいます。
昔の少年犯罪は、経済的に恵まれない状況の子たちが引き起こしていていましたが、いまや事態はまったく変わってしまったのです。
 
覚醒剤などの薬物乱用も少年に広がっています。
特に、中・高校生による覚醒剤の乱用が後を絶たず、深刻な状況にあります。
その原因として、外国人などが街頭で薬物を密売する形態が広がっていること、少年たちに薬物の危険性・有害性についての正しい知識が欠けていること、覚醒剤を「エス」とか「スピード」と呼ぶなど、薬物に対する抵抗感が希薄なことなどがあげられます。
殺人や薬物乱用まで行かなくとも、喫煙や飲酒・深夜徘徊などの不良行為で補導された少年は年間で100万人を超えています。
今の子どもたちはパソコンやケータイをはじめとした豊かなモノに囲まれているが、人とのつながりが希薄になり、自己表現が非常に下手だと一般には言われています。
殺人やさまざまな非行も、屈折した形での彼らの自己表現なのでしょうか。



増え続ける少年の凶悪犯罪。当然、その責任は子どもだけでなく、大人にもあります。
内閣府が実施した「少年非行問題等に関する世論調査」によると、「喫煙等の不良行為をしている少年を発見した場合、どうするか」という問いに対し、約半数の大人が「注意したいが、見て見ぬふりをする」と回答しています。
少年の不良行為を防止するには、これらの少年に大人が注意する勇気が必要だと言うのは簡単ですが、「おやじ狩り」など複数の少年による凶悪事件も珍しくないだけに、頭の痛いところですね。
しかし、大人も子どもを傷つけます。いわゆる児童虐待です。
警察の少年相談における児童虐待の相談件数は年々増加する一方で、2001年11月には「児童虐待の防止等に関する法律」が施行されました。
これは、児童に対する虐待の禁止、児童虐待の防止に関する国および地方公共団体の責務、児童虐待を受けた児童の保護のための措置などを定めたものです。
警察では、児童虐待問題を少年保護対策の最重要課題の一つとして位置づけ、関係機関などと連携し、児童の生命および身体を守るとともに、児童の精神的な立ち直りを支援する活動に積極的に取り組んでいるといいます。
大人が子どもをいじめてはならないというのは至極当然の話であり、こんな法律ができること自体がこの国が病んでいる証かもしれません。



そして、大人たちの心も病んでいます。
前述のように、日本人の自殺者が3万人を大きく超えて、さらに増加傾向にあります。
かつて交通事故による死者が1万人を超えたとき、大きな社会問題ととらえられ、これを減らすためのさまざまな対策が講じられました。
交通事故死に対する保険などの経済的なシステムが構築されるなど、これが緊急事態なのだという共通認識がありました。
そのことを考えても、自殺者が交通事故者の約4倍という数字を記録し続けているのは、まさに異常事態なのです。
しかも自殺者の性別を見ると、男性が全体の70パーセント以上を占め、年齢別では圧倒的に50代〜60代の中高年男性の自殺が多い。
そして、その最大の原因は「うつ病」とされています。
本来なら、50代、60代の男性は、さまざまな人生経験を積み、職場でも家庭でも頼りになる存在として若い人々から尊敬され、成熟の時期を迎えているはずです。
ところが、長引く不況や、将来が見通せない社会状況を色濃く反映し、不況による倒産やリストラなどが引き金になって「うつ状態」に陥り、やがて自殺に踏み込んでしまう例が跡を絶たないのです。
自殺の直接の原因としては、健康問題や経済苦、人間関係・仕事上でのトラブルなどがあげられています。
しかし、心療内科医の筒井末春氏によれば、自殺者のなかには「うつ病」の典型的な症状を見せていたにもかかわらず、周囲も当の本人もそれに気づかなかったケースが少なくないといいます。
トラブルに立ち向かう前に、またはその真っ只中で、うつ病に足元をすくわれ、自殺という最悪の形で命を失ってしまうのです。



とにかく、誰が何と言おうと、現在の日本は不幸大国です。
まさに、日本社会はハートレス・ソサエティと言えるでしょう。
わたしは、拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)で、いかにして心なき社会「ハートレス・ソサエティ」に向かっている現代社会を心ゆたかな社会「ハートフル・ソサエティ」へと進路変更するかを考えました。
菅新首相の提唱する「最小不幸の社会」なるものが、「ハートフル・ソサエティ」につながることを心から願っています。


                   最小不幸社会をめざして


2010年6月9日 一条真也