『業界のセオリー』

一条真也です。

『業界のセオリー』鹿島宏著(徳間書店)を読みました。
最初、わたしは著者名の「鹿島宏」を「鹿島茂」と勘違いしていました。
そして、「フランス文学者の鹿島茂さんが、また変わった本を書いたなあ。さすがは博覧強記の人だなあ!」と思って購入したのですが、よく見ると人違いでした。(笑)
鹿島宏とは、ビジネス界やエンターテインメント界に数多くの取材経験を持つベテランライター&エディターのユニット名だそうです。
さまざまな業界の仕事人を20年以上取材し続けた経験を生かし、1万件を超える取材ノートから「業界のセオリー」を300洗い出しました。
それを、さらに200に厳選して、1冊にまとめたのが本書です。



               ビジネス界に脈々と伝わる先人の知恵


一読して、「これは、面白い!そして、使える!」と思いました。
本書の「はじめに」と第1章「なにがなんでも数字が欲しいとき」の冒頭にも紹介されていますが、次のようなセオリーがあります。
「困ったときは動物と子ども・・・・・広告業界
わたしも以前は広告業界の人間でしたので、「今さら、これか」と瞬間的に思うくらいに有名な通説です。しかし、ソフトバンクの「お父さん犬」、アフラックの「まねきねこダック」、トヨタ自動車の「子ども店長」など、動物と子どもを起用したCMは現在も大人気です。
海外には「3Bの法則」というものがあり、「Beauty(美人)、Baby(赤ちゃん)、Beast(動物)」が視覚的な訴求力を上げる3大要素だとされています。
しかし、日本の「動物と子ども」は「3B」よりもさらに上手で、スキャンダルと無縁だという別のメリットもあるのです。なにしろ、動物も子どもも、大人の美人のように離婚をしたり、薬物などの不祥事を起こすことはありませんから。(笑)



以下、わたしが「面白い!」と感じたセオリーをいくつか紹介します。
「オレンジ色は食欲を刺激する・・・・・食品業界」
これは、わたしも知りませんでした。
食品業界でオレンジという色は食欲を刺激するとされており、そのため食品の商品パッケージにはオレンジ色が多いそうです。
また、辛さを強調したいときは赤、甘さを強調したければレモンイエローあるいはピンクという色を選ぶといいとか。
「緑の食品パッケージは売れない」という通説もあるそうです。
ブログ「贅沢カレーできました!」で紹介した松柏園ホテルレトルトカレーの箱の色は緑がベースなのですが、どうしよう!
でも、このセオリーを逆手にとってヒット商品となった「エビス〈ザ・ホップ〉」などの例もありますから、常識のウラをかいて他の商品との差別化を図る作戦もありますけどね。
ちなみに、この「贅沢カレー」、夏のお中元に各方面にお送りしました。
幸い、多くの方々から「肉が大きくて、とても美味しかった。ぜひ、購入したい」という嬉しい声をいただきました。



「混んできたら、BGMのテンポをあげろ・・・・・外食業界」
BGMのテンポとお客さんの回転率は比例するとかで、回転寿司や喫茶店では店内が混み始めるとBGMのテンポを早くして回転を促すそうです。
一方、お客をできるだけ長く売り場に滞留させたいスーパーマーケットなどのBGMは、ゆったりしたテンポの曲が多いとか。



「コンビニおでんは秋に売れる・・・・・コンビニ業界」
おでんは冬に売れると思いがちですが、コンビニでは9月に最も売れるそうです。
本格的に寒さを感じる時期より、「ちょっと、寒くなってきたかな」という時期におでんを食べたいと思うのだそうです。
同様に、アイスなどの冷たい食品も真夏よりも春に売れます。顧客のニーズは「季節より早め」にやってくるのですね。



「日本人はラス1に弱い・・・・・キャビンアテンダント
航空会社にとって飛行機の機内販売は大事な収入源ですが、日本人には「みんなが買っている」と思うと自分も買いたくなるという習性があり、それを最大限に利用しているそうです。ベテランのキャビンアテンダントは、業務連絡のフリをして「この商品ラス1(ラスト1個)なんですが、補充できますか?」と多くの乗客に聞こえるような声で近くの同僚に伝えるのだとか。
すると、お客は「自分も買わなくては」と焦り、すぐに商品が売れ出すというのですが。



「ネットの1行広告は13文字・・・・・ネット通販業界」
ヤフー・ジャパンのトップページに掲載されている「ニューストピックス」の見出しは13文字で統一されています。他にも、ネットの1行広告やブログのタイトルなどは13文字前後にする場合が多いとされています。
これは、某大学が発表した「人間が一度に知覚できる範囲は9〜13文字」という研究結果を参考にしているそうです。



「たらい回しにヒットあり・・・・・出版業界」
ハリー・ポッターと賢者の石』(静山社)、『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社)、『佐賀のがばいばあちゃん』(徳間書店)といった大ベストセラーは、いろんな版元で出版を断られ、「たらい回し」にされた作品です。
これはどういうことかというと、大ヒットするような作品には「前例のないもの」が多いからです。そのため、目利きのしない企画担当者が「こんなものは、どうせ売れないだろう」と思って見送ることが多いのです。
特に、最近の出版界は余裕がなくなってきて、もともと売れる作家の本か、直前に同じような内容で売れた本ぐらいしか取り合わなくなってきました。
あえて「文化の創造」などとは言いませんが、これではマーケティングの大前提である「差別化」も「新しい読者の開拓」というイノベーションもかないません。
お役所ではないのですから、出版界の前例主義はやめてほしいものですな。



本書で一番面白いのは、映画業界のセオリーの数々です。
「要約できない脚本にヒットなし・・・・・映画業界」
ハリウッドの大作映画の脚本には何人もの脚本家が関わっており、最後はスクリプト・ドクターが複雑になってしまった脚本の手直しをします。
彼らは最初に、その脚本のストーリーを短い文章で要約するそうです。
例えば「風と共に去りぬ」なら、「金持ちの家に生まれた勝気な娘が、南北戦争下の激動の時代を生き抜くなかで成長していく物語」となります。
英語なら「20ワード」、日本語なら「70〜80文字」が適切だとか。
本書には、「ヒット作は、すべて短い言葉で魅力を説明できる、強いコンセプトを持っているものなのです」と書かれています。



また、映画業界には次のセオリーもあります。
「ストーリーは三幕構成で山場を作れ・・・・・映画業界」
ハリウッド映画のほとんどは、三幕構成で脚本が書かれます。各セクションの時間配分は、1対2対1となっているそうです。具体例が次のように書かれています。
「例えば、こうしたハリウッド手法に忠実に書かれた『ファインディング・ニモ』の脚本では、映画が始まって25分後にニモが人間にさらわれ、親子が離ればなれになります。その後、50分間でニモの父マーリンの冒険のエピソードが語られ、75分以降のラスト25分ではニモの水槽からの脱出劇が始まります。同じような時間配分は、その他の多くの映画にも当てはまるはずです。」



最後に、もう1つだけ、映画業界のセオリーをご紹介しましょう。
「ホラー映画は不況に強い・・・・・映画業界」
これは、不況時には人々の心が不安になって「恐怖」を求めるといったようなことではありません。ホラー映画というものは、その性質上、低予算で作れるということです。
なぜなら、ホラー映画には主人公が一定のエリアに閉じ込められて、そこから逃げられない状況に追い込まれるという設定が多いですね。
これは、1カ所で多くのシーンを撮影できるという予算上のメリットがあるのです。
また、「恐怖」そのものが主人公であり、ギャラの高い大スターを起用する必要がありません。実際、ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」ものをはじめ、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」、最近では「パラノーマル・アクティビィティ」など、低予算で大ヒットしたホラー映画はたくさん存在します。



以上、200ある業界のセオリーのうちから10をご紹介しましたが、いかがですか?
本書には、まだまだ190ものセオリーが紹介されていますので、興味のある方はぜひ購入されて下さい。本当に面白いですよ。



本書を読んで、わたしは拙著『法則の法則』(三五館)を思い出しました。
本書は「セオリー」のカタログですが、古今東西の「法則」をコレクションして、そこからさらに「法則」を求めた本です。
その中に、「黄金比」というものを取り上げました。
「黄金律」とも呼ばれ、人間が美と調和を感じる、もっとも美しい比率です。
数字に表すと、約「1対1・618」ですが、まあ、「1対1・6」あるいは「5対8」と憶えておけばよいでしょう。この黄金比は、人類がこれまで遺してきたさまざまな建築物や芸術作品に取り入れられてきました。
例をあげると、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッド、アテネパルテノン神殿、ミロのヴィーナス、ドミニク・アングルの絵画「泉」などです。
世界的ベストセラーになった『ダ・ヴィンチ・コード』の冒頭に登場するレオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」にも黄金比が使われています。
縦横比が黄金比となっている長方形のことを「黄金長方形」といいます。わたしたちの身近なところでは、国旗、名刺、各種のカード、トランプ、タバコのパッケージなどが黄金長方形になっています。
最近のヒット商品に黄金長方形が多く見られることは、デザインの世界でよく知られています。たとえば、ハイビジョンテレビのモニター、CANONのデジタルカメラ「IXY」、アップルコンピュータの携帯オーディオプレーヤー「i−Pod」などなどです。黄金長方形を使ったデザインの特徴は、「スマート」で「スタイリッシュ」なイメージがあることです。
ハイビジョンテレビの画面は、4対3のテレビモニターよりスマートですよね。また、本でいえば新書のサイズが黄金比ですが、文庫よりも洗練された印象があります。

この「黄金比」が、本書『業界のセオリー』にも次のように紹介されていました。
「黄金長方形はヒットの形・・・・・製造業」
それにしても、業界のセオリーというものは面白いものです。
知ると誰かに伝えたくなってしまう「トリビア」的な要素も大きいですね。
もっともっと多くのセオリーをコレクションして、いつか『セオリーのセオリー』という本を書きたくなりました。半分冗談で半分本気ですけどね。(笑)


 
                   法則にも「法則」があるのか 


2010年8月3日 一条真也