東京の不安

一条真也です。

相変わらず地震津波の被害は甚大ですが、さらに新たな問題が発生しました。
福島の原子力発電所が爆発し、周辺の住民90人が被曝したというのです。
地震、大津波、それに原発の爆発・・・・・まるでパニック映画を観ているような光景が、北九州のわたしの自宅のテレビ画面で繰り広げられています。
まことに現実感のない光景ですが、それは紛れもない現実なのです。


                  「朝日新聞」3月13日朝刊


いまや、問題は地震の被害から原発からの放射能漏出に移った観があります。
12日の夕方に行われた枝野官房長官の記者会見は、「お粗末」とか「欺瞞的」とか「隠蔽的」という批判を巻き起こしました。
わたしの知人のブログなどを読んでも、みんな怒っています。
ところで、明日から東京出張に予定でしたが、とりやめます。
明日14日に開催予定だった全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)、15日に開催予定だった全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)、いずれの会議も延期になったからです。
本当は、明日、新刊『隣人の時代〜有縁社会のつくり方』(三五館)の見本が出るので、東京で編集者から直接受け取るのを楽しみにしていたのですが・・・・・。
仕方ありませんので、見本は郵送してもらうことにします。



『隣人の時代』といえば、今度の地震はたしかに不幸な災害ですが、一方で隣人による相互扶助の精神が見なされる最大の機会にもなると思っています。
ブログ「人と人とのつながり」で紹介した「豪雪人情」のような出来事が各地で相次いでいるのです。もちろん被災地で大変な状況に巻き込まれた人たちの悲惨なニュースも入ってきますが、一方では救援に尽力する人たちの様子も伝わってきています。
東北の避難所では、ボランティアの人々がおにぎりを握っています。
一昨日の東京では、都内の仕事場から帰る足を奪われた人たちに暖を取ってもらうために、営業時間が過ぎても店を開放している飲食店がありました。また、道往く人を励ますために、売れ残ったお菓子類を無料で配った和菓子屋さんもありました。
あちこちで、誰かを助けようとして必死になっている人たちが続出しているのです。
いわば、多くの人々が「隣人愛」を発揮しているのです。



隣人愛の発揮は、国内だけではありません。
先月の大地震で犠牲者多数を出したニュージーランドのキー首相は12日、日本の要請を受けて、総勢54人の災害救助隊を2陣に分けて日本へ派遣すると発表しました。
さらに、東日本大震災は各国でも話題になっています。
Twitterでは、海外から「#PrayforJapan(日本のために祈ろう)」というハッシュタグで被災者の無事を祈るツイートが世界中から寄せられているそうです。
まことに不謹慎な言い方かもしれませんが、わたしは今度の地震によって「無縁社会」への流れが変わる可能性があるように思います。
多くの人々が「助け合い」は人類の本能であることに気づくかもしれません。
それぐらい、いろんな面で、わたしたちの社会は大きく変化しようとしています。


                  「朝日新聞」3月12日朝刊


さて、原発事故です。放射能の問題です。
官房長官の会見に非難が集中するのも、みんなが「事実をきちんと伝えていない」と感じたからです。人間が最大の不安を感じるのは、ことの全体像が見えないときです。
何が起こっているかわからないとき、人は恐怖を感じるのです。
丹波哲郎さんは、「なぜ死を怖れるかというと、死んだことがないからだ。わからないから、人は死を怖れるんだ」といつも言っていました。
官房長官が注意を呼びかけていたチェーンメールも、事実をきちんと伝えないから発生します。事実を発表した後は、逆にネットでそのメールの否定が広がっています。
佐藤修さんは、昨日のブログ記事「地震よりも原発」で、「虚偽や不安に対する最も効果的な対応策は、フランクネス、事実の開示です。そしてそれがリスクマネジメントの基本です。なぜそれができないかと言えば、事実をしっかりと把握し管理していないからです」と書いています。まったく同感です。



東京に住んでいる弟に連絡すると、まだ余震が続いているとか。
ときどき、地震警報の災害エリアメールの携帯音が鳴り響くそうです。
明らかに、東京都民は大きな不安の中にあります。
かつて、東京都民がこれほどの恐怖を感じたことは、関東大震災東京大空襲以来ではないでしょうか。東日本大震災関東大震災よりも大きな地震でした。
今日、気象庁マグニチュードを8・8から9.0に上方修正しました。
まさに、このたびの地震は世界最大級の地震だったのです!
石原慎太郎氏の都知事選出馬会見の最中に地震が発生したというのも象徴的ですが、多くの都民は知事たる者には何よりも現実処理能力が必要であり、「夢に日付けなんか入れている場合じゃない!」と痛感したことでしょう。
そして、その不安の正体とは、再び東京を直下型の大地震が襲うとか、東京湾津波が押し寄せるといったことではないでしょう。
現在の東京都民の最大の不安は、ずばり、「放射能が降ってこないか」ということです。


                     わが書斎のゴジラ


わたしは、「放射能」といえば反射的に「ゴジラ」を連想します。
わが書斎には、ゴジラの大型フィギュアが置いてありますが、昭和29年に製作された映画「ゴジラ」は怪獣映画の最高傑作などというより、世界の怪奇映画史に残る最も陰鬱で怖い映画だったと思います。
それは、その後に作られた一連の「ゴジラ」シリーズや無数の怪獣映画などとは比較にもならない、人間の深層心理に訴える名作でした。ある心理学者によれば、原初の人類を一番悩ませていたのは、飢えでも戦争でもなく、「悪夢」だったそうです。「ゴジラ」の暗い画面と黒く巨大な怪獣は、まさに「悪夢」を造型化したものだったのです。
最初に、大地震や大津波原発事故の光景がまるでパニック映画のようだと書きましたが、正直言って、九州にいると、それらの惨事に対して現実感がありません。
まるで子どもの頃に観た東宝の特撮映画を観ているような気分なのです。
そして、「ゴジラ」こそは東宝特撮映画の第1号でした。
シリーズ化されたゴジラや、リバイバルされたゴジラは正義の味方であったりして愛嬌さえありましたが、最初の「ゴジラ」は途方もなく怖い存在だったのです。


                      水爆大怪獣映画

                 大東京に迫り来るゴジラの猛威!!


このたびの原発爆発の発端となったのは、東京電力福島第一原子力発電所1号機の水素爆発でした。この「水素爆発」という言葉を聞いた瞬間に連想したのも、やはりゴジラでした。なにしろ、映画「ゴジラ」のサブタイトルは「水爆大怪獣映画」だったのです。
この映画が作られた昭和29年 (1954年) という年は、日本の漁船である第五福竜丸が、ビキニ環礁アメリカの水爆実験の犠牲になった年です。当時の日本人には、広島、長崎で原爆を浴びたという生々しい記憶がしっかりと刻まれていました。
ゴジラは、人間の水爆実験によって、放射能を自己強化のエキスとして巨大化した太古の恐竜という設定です。世界最初で唯一の被爆国である日本では、多くの観客が放射能怪獣という存在に異様なリアリティをおぼえ、震え上がりました。


                   東京をのし歩くゴジラ


そして、ゴジラの正体とは、東京の破壊者です。アメリカを代表する怪獣であるキングコングがニューヨークの破壊者なら、ゴジラは東京を蹂躙する破壊者なのです。
映画「ゴジラ」では、東京が炎に包まれ、自衛隊のサーチライトが虚しく照らされます。
その光を浴びて、小山のような怪獣のシルエットが、ゆっくりとビル群の向こうに姿を現わします。それはもう「怪獣」などというより、『旧約聖書』に出てくる破壊的な神そのものです。海からやって来たゴジラは銀座をはじめとする東京の繁華街をのし歩き、次々に堅牢なビルが灰燼に帰してゆくのです。
その後には、不気味なほどの静けさが漂っています。


                  ゴジラが東京に近づいてくる


でも、「ゴジラ」の怖さは、東京を破壊する怖さではありません。その怖さは、「核」そのものメタファーであるゴジラが東京に近づいてくるという怖さなのです。怪談でいえば、幽霊が登場してからよりも、登場するまでの心理的なストレスこそが怖いのです。
わたしが持っている東宝特撮映画DVDコレクション「ゴジラ」(ディアゴスティーニ・ジャパン)のパッケージの裏には、「水爆実験により海底で眠っていた大怪獣“ゴジラ”覚醒! 大東京に迫り来るゴジラの猛威!!」と書かれています。
その意味で、福島原発の爆発事故によって最悪の事態となり、東京に放射能が降り注ぐという不安は、放射能怪獣ゴジラが接近してくるという不安にも通じています。


                  国会議事堂を襲撃するゴジラ


かつて宗教学者中沢新一氏は、著書『雪片曲線論』に所収された「ゴジラの来迎」という文章の中で、次のように書きました。
「モダンな主題や思考法に共通しているのは、自然に対する神経症的な恐れだ。そこでは自然はディズニー・ランドとして去勢されるか、さもなければ怪物的な力の世界に閉じ込められている。けれどモダンな思考は、かたちや構造の破壊をとおして、この自然の怪物的な力に触れようとする。そのとき産まれてくるのが、自然力の黙示録的なメタファーである核であり、ゴジラであり、東京破壊であり、またその力をコントロールするための資本主義であり、ファシズムであったのだ。ところが、いま私たちの現代が見つけ始めているのは、破壊をつうじて力の源泉に触れる、というモダンなやり方ではなく、生成する自然と人間との、もっと実のある対話の可能性なのである」
ここに出てくる自然が去勢されるシンボルとしての東京ディズニーランドも閉園を続けています。ディズニーランドの閉園というのは、わたしの記憶にはありません。
これだけでも異常事態であることがよくわかります。
もちろん、その最大の原因は電力の問題によるものです。
明日から、東京を含む関東では、輪番停電が実施されます。
わたしたちの想像以上に、首都の電力は福島原発が担っていたのですね。
さらには明日、トヨタ、日産、ホンダの国内全工場の操業は停止されます。


                  「朝日新聞」3月12日朝刊


放射能の不安、地震の不安、東京電力への不安、変てこな都知事が誕生するのではないかという不安、そして、頼りない民主党政権への不安・・・・・いま、日本の首都・東京に住む人々は、さまざまな不安の中にいることでしょう。
もちろん、わたしは東京の人たちの災難を面白がっているわけではありません。

ちょうど今日、九州新幹線が全線開業しましたが(地震に配慮して一切の記念式典は中止されました)、東京が衰退して九州が栄えればいいなどとも思っていません。
言っておきますが、九州男児の度量はそんなに狭くはないですよ。
わたしには、東京に住む友人や知人がたくさんいます。
実の弟も、義理の姉も、その家族も東京に住んでいます。
そして、この4月からは、わたしの長女も住むことになっています。
絶対に、東京に放射能など降らないでほしいと願っています。
でも、今度の地震津波と同様に、これから何が起こるかわからないとも思っています。とりあえず、明日からの東京出張は中止しました。



最後に、アメリカのメディアは福島第一原発1号機の事故について最大級の扱いで報道しています。「ニューヨーク・タイムズ」紙は「緊急事態の一層の悪化」と述べ、CNNテレビは「最も深刻に懸念される事態」などとコメントしました。
またCNNでは、専門家が「核の大惨事が近い」などと危機感を表明し、「避難範囲を広げよ」と求めました。さらに12日の夕方に放送された番組では、CNNのキャスターが出演した藤崎一郎駐米大使に「チェルノブイリ原発事故の再発をどう防ぐのか」と問い詰めたとか。日本は、これからどうなるのでしょうか。
もちろん、いたずらに危機感を煽ることは慎まなければなりません。
まずは、政府が事実関係を把握し、真実を語ることが求められます。


2011年3月13日 一条真也