『桃色浄土』

一条真也です。

『桃色浄土』坂東眞砂子著(角川文庫)を読みました。
死国』『狗神』『蛇鏡』『蟲』・・・・・恐怖小説カルテットを経た著者が次に進んだのは、伝奇小説の道でした。文庫版で600ページある長篇ですが、まったく退屈しません。
まさに「やめられない、とまらない」という感じです。一晩で一気に読みました。

   
                自然の厳粛さと人間の愛憎を描く


物語の時代は大正中期、舞台は四国の隔絶された漁村です。
突如、高価な桃色珊瑚を求めて白い異国船が現れます。
その海では、乱獲により珊瑚は採れなくなって久しかったのですが、イタリア人のエンゾは海深く潜って珊瑚を探し続けます。
海女のりんは、そんな異国人に強く惹かれていきます。
幼なじみで2歳年下の健士郎は、りんを複雑な気持で見つめます。
やがて採れないはずの珊瑚が発見され、欲望にとり憑かれた村の若者たちの暴走が始まります。ここから物語は息もつかせない意外な展開の連続となります。
「ネタバレ」になってはいけないので詳しいストーリーは書きませんが、これだけの長い小説をまったく飽きさせずに読ませる筆力はやはり「すごい!」の一言です。



とにかく、登場人物の心理描写が素晴らしい。
人間の憧れ、愛欲、嫉妬、憎悪などの感情も見事に描いていますが、やはり一番優れているのは恐怖の場面です。この物語には幽霊や幽霊船といった古典的な恐怖が登場しますが、その描写がまた秀逸です。
鶴屋南北の『東海道四谷怪談』や三遊亭圓朝の『真景累ケ淵』などを彷彿とさせる登場人物の心理描写で、日本人が一番怖がるツボを知りつくしているという感じですね。



そして、この物語では、海がとても魅力的に描かれています。太陽光線がキラキラと反射する水面、白い水飛沫、海底の青・・・・・その情景が目に浮かんでくるようです。
小学生の頃に夢中になって読んだ新田次郎の『つぶやき岩の秘密』を思い出しました。
NHKの「少年ドラマシリーズ」で映像化された作品です。
本書を読んでいて、いくつか連想する場面があり、ひょっとすると著者も『つぶやき岩の秘密』を読んでいたのかもしれないなどと思いました。


また、「補陀落渡海」というテーマを選んだのも良かったと思います。
本書のタイトルにもなっている「桃色浄土」とは「補陀落浄土」のことです。
それはまた、楽園としての「パラディソ」でもあります。
そこに、なんと桃色の満月が関わってくるのです。
「月」と「楽園」に目がないわたしには、たまらない物語でした。
とにかく、日本の海洋文学の歴史に残る名作だと思います。


最後に、本書には「夜這い」とか「村八分」などの古き悪しき(?)有縁社会のアイテムもたくさん出て来て、民俗学を学ぶ大変良い勉強になります(笑)。
相変わらず、巻末には膨大な参考文献が並べらていますが、豊かな知識をバックボーンとしているからこそ、物語が生き生きと輝いているような気がします。
この血湧き肉踊る傑作伝奇ロマンを、ぜひお読み下さい。


2011年6月4日 一条真也