『9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方』

一条真也です。 

『9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方』福島文二郎著(中経出版)を読みました。いやあ、ものすごく長いタイトルの本ですね。
帯には「『素質』は問わない。」と大書され、続いて「チーム全員がリーダーになるように『人を育てる』法則」「部下、後輩、新入社員、正社員、派遣社員etc.相手がどんな立場でも使える人材教育メソッド」と書かれています。


                    「人を育てる」法則


著者は1962年生まれ、東京ディズニーランドがオープンした1983年に第1期の正社員としてオリエンタルランド社に入社しています。
初めての配属先はジャングルクルーズだったそうですが、その後は一貫して社員教育畑を経ています。2007年に退社してからは、研修プランニング&インストラクター&コンサルタントとして活躍、2009年にJSパートナー株式会社を設立。現在は、サービス業のみならず、電力会社やメーカーなど、業種を問わない社員研修を行っているそうです。


著者はわたしの1歳年長です。わたしが大学1年生のときに東京ディズニーランドがオープンしましたが、その衝撃は今でも憶えています。「夢と魔法の国」に魅せられたわたしは、おそらく100回以上はディズニーランドに足を運んでいると思います。
また、わたしは処女作『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)から『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)まで8冊の本を書いて10年間の休筆期間に入ったわけですが、その8冊すべてには東京ディズニーランドが登場しています。
それぐらい、若い頃のわたしは、ディズニーランドに夢中なのでした。
「ハートフル」という言葉も、ディズニーランドをイメージして考えたぐらいです。


東京ディズニーランドに続いて、東京ディズニーシーもオープンしました。
いわゆる「東京ディズニーリゾート」が誕生したわけです。
そして、日本のホスピタリティ・ビジネスにおいて不動の地位を築いてきました。
今回の東日本大震災でも、その名を大いに上げました。
その感動は、以下のツイッターのつぶやきにも表れています。
「すごい。弟たった今ディズニーランドから帰宅したんだけど。新品のお菓子袋いっぱいにもらってきて、客全員分の帰りの交通費負担してくれたんだって。一晩中、何か言えば全て対応してくれたって。やっぱり世界のディズニーランドなんだね」


また、次のようなつぶやきもありました。
「ディズニーシー、マーメイドラグーンシアター内にて、ショー上演中に地震発生。観客がパニックに陥る中、ワイヤーで吊り下げられ最も危険な状態であるはずのアリエルが笑顔で懸命に手を振り続けていました。揺れが収まり、アリエルが退場すると、客席からは大きな拍手が起こりました」
多くの人々が、ゲストの安全と安心を第一に考える、東京ディズニーリゾートのキャストの訓練された動きに驚きました。
そのディズニーで働く9割のスタッフは正社員ではなく、アルバイトでアトラクションを運営しているというのです。しかし、アルバイトでも最高のサービスを提供し続け、他のレジャー産業には見られないブランド価値をつくりあげています。
その背景には、徹底したディズニーの社員教育システムがありました。



サービス業の人材レベルの高さといえば、リッツカールトンとディズニーが有名です。
ところが、著者いわく、この2社には以下のような決定的な違いがあります。
●リッツカールトン:人の「素質」を見極める(=社員のポテンシャル重視)
●ディズニー:どんな人材でも育てることを重視する(=教育重視)
著者は、どんなにCSを高めようとしても、その前段階の社員教育が成功なくしてCSは成り立たないと主張します。
そこで、「社員教育」をテーマにディズニーの人材教育方法を紹介しながら、一般の会社でも活用できる社員教育のコツとポイントを解説したのが本書です。
わたしもこれまで数十冊ものディズニー関連の本を読みましたが、久々に本書でディズニーの経営理念や社員教育について復習できました。



ディズニーの行動指針は、 1.安全性、2.礼儀正しさ、3.ショー、4.効率。
それぞれの数字は、ずばり優先順位を表しています。
この優先順位をつけるというのが非常に重要ですね。
東京ディズニーリゾートでは、1年間で約1万8000人のアルバイトの中の9000人が退職します。じつにアルバイトの半数が1年間で辞めてしまうというのです。
そこで、短期間にアルバイトのキャストの育成が必要になるわけです。
まさに、「人を育てる仕組み」が、ここにあります。
ディズニーには「人は経験で変わる・育つ」という考え方があるそうです。
人には変わる・育つ可能性がある。その可能性を実現することが、ディズニーの高いクオリティを維持していくことにつながるというのです。そのために研修、トレーニング、アルバイト・社員間での話し合いなど、さまざまなことが実践されます。



著者は、「ディズニーの教育研修やしくみの背景にある基本的な考え方は、規模や業種・業態を問わず、すべての会社・組織に共通する」と断言します。
たとえば、「挨拶」や「笑顔」といったサービス業の基本スキルは、パークを訪れたゲストに対してだけでなく、アルバイトや社員間でも求められます。
その理由について、著者は次のように述べます。
「その人としての基本的な所作が、実は職場の人間関係をよくし、アルバイト・社員個々の働きがいを育て、ゲストに感動を与えるという重要な役割を果たすからにほかなりません。逆に、挨拶・笑顔の見られない職場では、社員相互の信頼関係も希薄で、社員が働きがいを感じることも少ないものです。それが、CSの低下、会社の衰退に直結することはいうまでもないでしょう」
そして、「挨拶や笑顔を実行に移せない会社・組織はないはずです」と述べます。



ディズニーの教育研修・しくみ・風土には、「社員」「顧客」「会社」という三者の信頼関係を築くための考え方やメソッドがたくさんあります。
この三者の信頼関係を「3コンフィデンス」といいます。次のような本書の構成が、そのまま「3コンフィデンス」実現のための要点となっています。
〔CHAPTER1〕育てる前に教える側の「足場」を固める
      ↓
▼上司・先輩自身が、まず身につけておかなければいけない考え方・姿勢について

〔CHAPTER2〕後輩との信頼関係を築く
      ↓
▼後輩とどう接すればよいのか、どうすれば後輩の信頼を得ることができるのか

〔CHAPTER3〕後輩のコミュニケーション能力を高める
      ↓
▼どうすれば後輩は、顧客、上司・先輩、同僚と上手にコミュニケーションをとることができるようになるのか

〔CHAPTER4〕後輩のモチベーションを高める
      ↓
▼どうすれば後輩は、やる気を出し、働きがいをもって仕事に取り組むようになるのか

〔CHAPTER5〕後輩の自立心・主体性を育てる
      ↓
▼どうすれば後輩は、自主的・主体的に仕事に取り組むようになるのか



特に、わたしが重要だと思ったのは、まず〔CHAPTER1〕の「ミッションを正しく理解し、後輩に伝える」というものです。ミッションとは組織の方向性であり、組織の存在意義でもあります。つまり、「自分たちの会社は、何のために存在しているのか」ということ。
ディズニーのミッションは「すべてのゲストにハピネスを提供する」こと。
このミッションが正社員だけでなく、アルバイト1人ひとりにまで浸透しているのです。
その具体的な方法については本書をお読み下さい。
わたしは、「ミッションがあっても、それを伝える上司・先輩に問題があれば、ミッションは生きないのです。ひいては、会社に不利益を与える可能性があります」という箇所に共感しました。アルバイトを短期間に最高のスタッフにするには、 何よりも仕事に「誇り」を持って取り組める環境をつくる必要があるのです。



また、〔CHAPTER2〕の「リーダーシップをもって後輩と接する」も重要です。
著者は、「ディズニーの上司・先輩は、常にリーダーシップをもって後輩と接しています。その結果、後輩たちとの信頼関係も深まり、後輩たちも、先輩の姿を見てリーダーシップをもちたいと願い、そして実際に身につけていることが、パークを運営する大きな力となっています」と述べています。そして、著者はディズニーにおけるリーダーシップとは、次の2つの要件を満たすものだというのです。
1つは、ホスピタリティ・マインドをもっていること。もう1つは、自分が模範となること。



〔CHAPTER3〕では、「後輩が、どういう状態であるかをつかむ」が重要です。
ディズニーの上司・先輩は、部下・後輩が心身ともに疲労した状態か、心身ともに充実した状態かを把握するそうです。というのも、心身が疲労している状態のときに「頑張れよ」とか「もっと笑顔を」と言っても効果的ではないからです。
そこで、こういう場合はカウンセリング(相談)的な対応を取ります。
いっぽう、心身が充実している場合は、「今度、どういう目標でいく?」とか「ここまできたね。よし、また頑張ろう!」というように、さらなる飛躍を願って、コーチング(指導)的な対応を取るのです。



〔CHAPTER4〕では、「笑顔のあふれる職場をつくる」が印象に残りました。
東京ディズニーリゾート内には120以上のショップがあり、そこでは5000〜6000人のキャストが働いているそうです。著者が在職していた頃、年に数回、1ヵ月ほどかけて、ミステリーショッパー(覆面調査)を行っていました。
ディズニーの行動指針に基づいて、100くらいの項目についてチェックされるそうです。たとえば、以下のような項目です。
・買い物かごが、腰より高く積まれていないか(倒れる危険性があるので)
・雨が降ると、すぐにレインマットを敷いているか
・笑顔は、ちゃんと出ているか
・挨拶を、ちゃんとしているか
・商品陳列を間違えていないか(キャラクターの陳列順序など)
・基準どおりにコスチュームを着ているか
・レジに時間がかかりすぎていないか
以上のようなことが調査され、点数化されます。そして、得点の高い順にランキング表示されます。著者は、高順位のショップでは、バックステージでも、キャスト間の人間関係が非常に良好なことに気づいたといいます。
いつも、1.笑顔で、2.互いにアイコンタクトをとって、3.挨拶を交し合っている。
以上の3点がきちんとできている部署は、オンステージでも仕事のレベルが高かったそうです。やはり、サービス業や販売業の場合は、職場の人間関係が業績の良し悪しに反映するのですね。



また、〔CHAPTER4〕では、「指示するときは、必ず『理由』も伝える」が重要です。
「とにかく、やればいいんだ」という指示では、人も、人間関係も育ちません。
「指示どおりに動けばいいんだ!」という言葉もダメです。
人の入れ替わりの激しい職場では、指示がうまくできないと仕事が回らなくなります。
いくら優秀な人でも、個人が知識や体験を溜め込んでいくのにも限界があります。
そして、他人を動かす秘訣とは、指示するときに必ず「理由」も伝えることなのです。
この人を育て、人を動かすコツは、サービス業だけの話ではありません。
営業職、事務職、あるいは製造業・・・・・いろいろな分野に通じるはずです。



そして、〔CHAPTER5〕では「後輩に『スモールステップ』をもたせる」が重要です。
「スモールステップ」とは、実現可能な小さな目標です。その小さな目標を立てて、それを達成していく。その積み重ねこそが後輩を成長させる「近道」だというのです。
ディズニーのキャストたちは、職場の中でユニークなスモールステップをつくってチャレンジしています。たとえば、次のようなものです。
●カヌー探検のキャストたちは、アメリカ河をどれだけ速く回るかを競う「カヌーレース」を行っていました。それで自分たちの操舵技術を高めたのです。
●劇場型のアトラクションのキャストは、いかに時間どおりに滑舌よくナレーションを入れるかを競い合います。
●カストーディアル(清掃)のキャストたちは、ゴミを取るという単純作業でも、より安全性を高め、美しく、速くという技術を進化させるためのステップアップにチャレンジします。
これらのスモールステップは、いずれも、トレーナーをはじめとするアルバイトのキャストたちが開発したものだそうです。
ここには明らかに「遊び心」がありますが、遊びながら自身のステップアップを図るところがディズニーらしくて素敵ですね。



以上、本書に書かれてあることに目新しいものは少なく、いわば当たり前のことが多いのですが、その当たり前のことをできなくて困っている企業が多い中で、9割のアルバイトがパークを支えているというのは、やはり一種の「魔法」かもしれません。
最後に、ディズニーランドでは年に1回、「アルバイト感謝デー」が開かれ、パークにアルバイトをゲストとして招待するそうです。そこで正社員がバイトをもてなすのです。
社長は、いつもカストーディアル(清掃)キャストに扮するのだとか。
どうやら、このへんにも「魔法」の秘密がありそうですね。


2011年6月12日 一条真也