『ぬばたま』

一条真也です。

『ぬばたま』あさのあつこ著(新潮文庫)を読みました。
野球をテーマにした児童文学の名作『バッテリー』の著者による幻想小説です。
山の持つ魔力に取りつかれた男女が奇妙な物語を紡ぎ出しています。
そこには、泉鏡花の『高野聖』や柳田國男の『遠野物語』の香りさえ漂います。


                    4つの幻想的な物語


本書には、4つの幻想的な物語が収められています。
仕事も家族も失い、絶望のうちに山を彷徨う男の運命の物語。
少女の頃に恋した少年を山で失った女の復讐の物語。
山で見た恐怖の光景が狂わせた、3人の幼なじみの人生の物語。
死者の姿が見える男女の、不思議な出会いの物語。
すべて、ストーリーというよりも、細やかな人間の心理を描写することによって、じわじわと怖さが湧き上がってくる話ばかりでした。



また、本書は山の持つ不気味さをよく描いています。
山奥で道に迷ったとき、人は根源的な恐怖を感じるといいます。
山には、得体の知れない何かが存在しているのです。
そんな雰囲気がよく出ていました。
いずれの話も、山の自然がそれぞれの恐怖を生み出しています。
闇と光、生と死、恐怖と陶酔が混じり合って、この世ならぬ世界を創り上げます。



また、本書は文体に特徴があり、読者によっては好き嫌いがあるかもしれません。
著者は岡山県の山間部出身だそうですが、本書にも岡山弁が出てきます。
岡山弁のホラーといえば、日本ホラー小説大賞に輝いた岩井志麻子の名作『ぼっけえ、きょうてえ』を思い出しますが、つくづくホラーとの相性が良い方言なのだと感じました。


2011年8月17日 一条真也