『百瀬、こっちを向いて。』

一条真也です。

『百瀬、こっちを向いて。』中田永一著(祥伝社文庫)を読みました。
恋愛小説の短編集ですが、著者は巧みなストーリーテラーで、面白かったです。
コミカルな要素もあるのですが、最後にはホロリとさせられます。


                   せつない恋心が感動を呼ぶ


本書には、「百瀬、こっちを向いて。」「なみうちぎわ」「キャベツ畑に彼の声」「小梅が通る」の4つの短編が収められています。
このうち、「百瀬、こっちを向いて。」は『I LOVE YOU』(祥伝社文庫)、「なみうちぎわ」は『LOVE or LIKE』(祥伝社文庫)という恋愛小説アンソロジーにそれぞれ収録された作品です。「キャベツ畑に彼の声」は恋愛小説誌『Feel Love Vol.2』に掲載された作品で、最後の「小梅が通る」だけが書き下ろしです。



各作品の内容については、本書の解説「ソーダ水の魅惑」で、ライターの瀧井朝世氏が、「表題作では、命の恩人である先輩から偽装カップルを頼まれた少年が、はからずも相手の百瀬という少女に惹かれていく。『なみうちぎわ』では、海での事故から五年間も意識のなかった少女が目覚め、かつてずっと面倒を見ていた年下の少年との関係の変化にある思いを描く。『キャベツ畑に彼の声』では、覆面作家の正体が思いを寄せる教師だと気付いた少女が彼に近づくものの、別の女性の存在が浮かびあがる。『小梅が通る』の主人公は誰もが振り向く美少女。そのせいで数々の痛い目にあってきたため、あえて醜く見せる化粧を施し人目につかぬように生きている。偶然素顔を見られた同級生の男の子に『あれは妹だ』と嘘をついていたことから始まる奇妙な交流が描かれている」と、コンパクトにまとめてくれています。




わたしが一番良かったと思う作品は、「小梅が通る」です。
ふつうは「ありえないだろ!」と思うような設定で、ラブコメの原作みたいでもありますが、ラストシーンがとても爽やかでした。ちょうど夏休みで帰省している長女が好きそうな話なので、彼女に貸してあげようかと思います。
また、「キャベツ畑に彼の声」も面白かったです。覆面作家をテーマとしており、出版界の片隅に生息する者の1人として非常に興味深く読みました。
なんでも本書の著者である中田永一氏自身が覆面作家だとのこと。これだけのストーリーテラーぶりを見れば、自ずから正体となる作家は特定されていくでしょうが、現代日本覆面作家というアナクロ文化が残っていること自体が面白いですね。



本書には、いずれも恋心に揺れる主人公たちの姿が生き生きと描かれています。
それぞれの場面も非常に視覚的に描写され、映像化したくなる作品ばかりです。
本書の帯には映画監督である岩井俊二氏の「凄い! このありふれた世界からいくらでも新鮮な物語を掘り出すね。」というコメントが記されています。
岩井氏といえば、わたしが大好きな恋愛映画である「Love Letter」の監督です。
20本の邦画」として、“20世紀の日本映画ベスト20”にも選んだぐらい好きな作品が「Love Letter」なのです。ぜひ、岩井氏が本書に収められている4本の恋愛小説のオムニバス映画を作ってくれることを願っています。


2011年8月30日 一条真也