外国人記者クラブで

一条真也です。

東京に来ています。
今日は午後から、新橋で互助会保証(株)主催の「東アジア冠婚葬祭業国際交流研究会」が開かれ、今月末の韓国視察を前にしての最終打ち合わせが行われました。
夜は、有楽町電気ビルに入っている「外国記者クラブ」を訪れました。
ここで、「ソーシャルの達人」こと合田周平先生にお会いしたのです。


今夜、合田周平先生にお会いしました



合田先生は、日本におけるシステム工学の第一人者です。
5月18日(金)に開催されるわたしの孔子文化賞受賞祝賀会の発起人の1人になって下さっています。合田先生は、わたしの受賞をわがことのように喜んで下さり、ご自身が会員となられている「外国人記者クラブ THE MAIN BAR」でお祝いをして下さったのです。尊敬申し上げる師から、すっかり御馳走になってしまいました。
申し訳ないと思いながらも、とても嬉しかったです。
有楽町マリオンに隣接するビルの20階とあって、眺めは抜群でした。
洋食中心の料理も、ワインも、たいへん美味しかったです。


外国人記者クラブに飾られた写真

外国人記者クラブに飾られた写真

外国人記者クラブに飾られた写真



「外国人記者クラブ」は、戦後すぐに開設されたそうです。
至る所に記者会見を開いた当事者の写真が飾られていました。
三島由紀夫から、大江健三郎田中角栄小泉純一郎稲盛和夫孫正義石川遼まで、じつにバラエティに富んだ面々の顔が並んでいました。まさに、日本の戦後史そのものといった観があり、非常に文化的な空気に満ちていました。



合田先生は、ブログ『中村天風と「六然訓」』で紹介した本の著者です。
今夜は、中村天風安岡正篤といった合田先生が直接謦咳に接した哲人たちのお話を拝聴しました。わたしも自説を述べさせていただきました。
その結果、日本人の思想は神道も仏教も儒教道教もヨガもすべて受け入れるブレンド思想であるという結論に至りました。わたしは、それを「平成心学」と呼んでいます。
でも、合田先生は「他に何か良い名前をつけなさいよ」と言われました。
そこで、わたしは沖縄のチャンプルー文化にちなんで、「チャンプルー哲学は?」と提案すると、「それがいい。素晴らしい!」と言われました。合田先生はこよなく沖縄を愛されており、今後は活動の拠点を沖縄に移されるそうです。
沖縄といえば、サンレーのホームグラウンド。ぜひ、合田先生と一緒に沖縄から日本へ、そして世界へ、「チャンプルー哲学」を発信したいものです。
それこそ、わたしたちの「チャンプルー哲学」について、いつか外国人記者クラブで取材を受けてみたいものですな。



わが社の「隣人館」プロジェクトの話もしました。合田先生は、「ぜひ、わたしも隣人館に入れてほしいな。いや、ほんとに!」と言われました。先生いわく、これからの高齢者施設は入る側も受け入れる側も、ともに「哲学」が必要だそうです。
わたしが、入居される方々に「老いる覚悟」と「死ぬ覚悟」を自然に与えられる施設にしたいと申し上げると、「老いる覚悟はいいけど、死ぬ覚悟は要らんな」と言われました。
老いる覚悟さえあれば、そのまま死ねるわけだから、あえて死ぬ覚悟など不要だというのです。合田先生の師である中村天風も、「死」に関しては無関心というか、けっして語らず、ひたすら「生」についてのみ語ったそうです。



それにしても、もうすぐ80歳になられるのに、お元気な合田先生。秘訣をお伺いすると、「死について考えず、生きることだけを考えているからかな?」と言われました。
北九州市の方々の話題でも盛り上がりました。合田先生は「月の織女」こと築城則子先生、「ダンディ・ミドル」こと大迫益男会長、それに岡野バルブの岡野正敏会長に会いたいそうです。また、昨日、シャボン玉石けんの森田隼人社長が結婚式を挙げたことを伝えると、「それは良かった」と嬉しそうでした。なんでも、合田先生は森田社長のお父様である故・森田光徳会長と親しかったそうです。合田先生は5月18日の祝賀会にお越しいただけるそうなので、きっと、みなさんに再会できることと思います。
今夜は、有楽町の素晴らしい夜景を眺めながら、美味しい料理とお酒と会話を堪能しました。合田先生、本当に、ありがとうございました。


22時からNHK「プロフェショナル 仕事の流儀」を観ました



その後、ホテルに帰ったわたしは、22時からNHKで放映された「プロフェショナル 仕事の流儀」を観ました。今夜は、「隣人愛の実践者」こと奥田知志さんの被災地支援が特集で放映されるのです。番組制作スタッフとは、わたしもお会いしたので、今夜の放送を楽しみにしていました。奥田さんも、祝賀会の発起人の1人です。
素晴らしい先輩や同志に負けないように、わたしも頑張らないと!


2012年4月16日 一条真也