『豊かな心で豊かな暮らし』

一条真也です。

『豊かな心で豊かな暮らし』小林正観著(廣済堂出版)を読みました。
帯には「小林正観さん遺稿 最後のメッセージ〜どうしても伝えたいこと」「みんなが笑顔で幸せに生きる真の法則」と書かれています。


みんなが笑顔で幸せに生きる真の法則



本書の「目次」は、以下のようになっています。
「はじめに」
第一章:豊かな心
    知足のつくばい
    パラダイスとユートピア
    山中湖にて
    悪魔さんの陰謀
    「思い」が重い
    「き・く・あ」の思想
    利行
第二章:「見方道」家元になる
    「見方道」とは
代償先払い
    理不尽
    松下幸之助さんの思想
    感謝婦人
    正岡子規の言葉
    天皇の言葉
第三章:「うたし焼き」窯元になる
    「うたし焼き」とは
受振と発振
    「うたし焼き」実例話――その1 体の神秘
    「うたし焼き」実例話――その2 「ありがとう」
    「うたし焼き」実例話――その3 トイレ掃除
    「うたし焼き」実例話――その4 笑顔
    「うたし焼き」実例話――その5 「三五八」
第四章:暮らしを豊かにする提案
    幸運ノート
    法則ノート
    3つの「こ」。心、言葉、行動
    鉱物と植物を味方にする
    動物と人を味方にする
    宇宙と神仏を味方にする
    徳について考える
「辞世」



本書のカバー折り返しには、次のように書かれています。
「2011年10月12日 小林正観 永眠。
本書は、著者が最後に遺した感動のメッセージです」
そして、「はじめに」には、著者の次のような言葉があります。
「茶道や華道の家元になって、金持ちになろうという本ではありません。
高く売れそうな焼き物をつくって、金持ちになろうというのでもありません。
見方道の家元や、うたし焼きの窯元になろうという本です」
わたしは、著者の思想のすべてが本書に収められているように感じました。



第一章の「知足のつくばい」では、京都の龍安寺にある知足のつくばいについて書かれています。このつくばいは、真ん中に「口」の字にあたる四角い凹みがあり、そこに水を貯めるようになっています。4つの文字が刻まれており、これを右からぐるっとひとまわりして読むと「吾唯足知」となります。上から読むと「吾唯足るを知る」となり、「私はただ満足することを知っている」という意味です。
真ん中の口が、すべての漢字の一部を成しているわけです。



知足のつくばいに刻まれた言葉について、著者は次のように述べています。
「『吾唯足るを知る』という言葉は、明の遺臣である朱舜水から学んだものでした。
朱舜水儒学者ですが、それとともに中国の学問や故事を光圀にたくさん教え込んだのです。朱舜水は、清に滅ぼされた明の再興を図りましたが果たすことができず、長崎に亡命。その後、日本に帰化しました。
光圀の招きで江戸に住み、光圀を中心として水戸の人々にいろいろなことを教えたのです。中国の礼儀作法やものの考え方などたくさん教え込みました。
その中の一つが『先憂後楽』であり、『吾唯足るを知る』という言葉です。
私はただ満足することを知っているという意味ですが、この満足することを知っていることによって、なにが得られるかというと、幸せが得られます。豊かさが得られます。
『まだまだ』、『もっともっと』と考えている間は、人間は幸せにはなれないように思います。足りないものがある、まだ手に入れたいものがあると思っている間は、人間は幸せにはなれないでしょう」



さらに、「足るを知る」という考え方について、著者は述べます。
「98点の幸せは存在しない。99点の幸せも存在しない。
幸せは常に100点満点、100パーセントであるものだと思います。
満足することを知らなければ、人間は決して幸せになることがありません。
知足のつくばいの意味は、とても深いもののように思います。幸せの根本には『足るを知る』という思想が絶対的に必要だと私には思えるのです」



この「足るを知る」はブッダの考え方の核心ですが、本書全体を貫くキーワードにもなっています。「パラダイスとユートピア」でも、次のように述べます。
「自分の自由になるお金が100億円を越えているという人と話をしたことがあります。
100億を越える資産家ですから、ありとあらゆるものが手に入るし、なんでも食べられるわけです。その人がこんなことを言いました。
『100億を越える資産がある人間は、毎日なにを考えているかわかりますか』
私はそういう状態になったことがないので、「わかりません」と答えました。
その人は、こう言いました。
『その100億の資産を、どうやったら増やせるかということを毎日考えているんです』」
人間の欲望、欲求、執着には際限がありません。
だから、「足るを知る」という考え方が必要なのです。「自分がここで満足をするというラインを持たない限り、人間が幸せになることはない」と著者は喝破します。


 
「『思い』が重い」では、ストレスの多い現代人に対して、「人間がストレスをゼロにする簡単な方法」を示します。西洋的な解決方法は努力をして頑張って、自分の思い通りにするという方法なのですが、これ以外に東洋的な解決方法が2つあるというのです。
1つは、「人生は自分の思い通りになんかならないものである。すべてのことが自分の思い通りにならないものである」と思い定めること。もう1つの方法は、思い通りにならないことがストレスになるのだから、「思い」を持たないという考え方です。



世の中には、「願望は実現する」という考え方があります。
引き寄せの法則」などと呼ばれ、日本でも流行しました。
しかし、著者は次のように述べています。
「『強く念ずれば、必ずそうなるんだ』と教える人たちもいますが、宇宙の法則はそうなっていないと思います。もしそうであるなら、ガンで死ぬ人はいなくなると思うのです。もし、あと数カ月の命と言われた時、なんとしてでも生き延びたいと強く思うことで、ガン細胞がなくなるのであれば、ガンで死ぬ人はいなくなると思います。
あと2週間後に不渡りの手形がまわってくる。けれどもお金を落とせないので、倒産せざるをえない。その時、強く念ずることは誰でもすると思います。でも強く念じたからといって、倒産を免がれるということはありません。
強く念じて思いが叶うのであれば、世の中に倒産はなくなるはずです。
ですがガンで死ぬ人も少なくはないし、倒産する会社も少なくありません。
念じたからといって思い通りになるわけではないのです。むしろ、その念じている時が長ければ長いほど、悩み、苦しみが多いということにもなっています」



「『き・く・あ』の思想」では、次のように述べます。
「競わない、比べない、争わないということが自分の身についたら、人生はとても楽なものになります。そして楽しいものになります。
それは豊かな暮らし、豊かな生活ということでもあります。
競うこと、比べること、争うことを教え込まれてきたので、抜け出すのはたしかに難しいことと思います。ですが、このことに気がついたところから、人間は解放されます。自由な心、自由な魂になることができます。
誰かと比べる必要はありません。私は私。私の持っている良いところで、社会に参加する。別の人は、その人の良いところで社会に参加をする。
それぞれのいろんな力が寄せ集まって、社会は成り立っています。
競い合ったり、比べ合ったり、競争する必要はありません。
互いの力を認め合って、お互いに支え合うという生き方はどうでしょうか」



第二章の「『見方道』とは」では、次のように述べています。
「見方道の訓練は、1つの事実を事実として見るところからはじまります。
たとえば実例その1。コップに半分に水が入っているとします。
『半分しか入っていないじゃないか、不愉快だ』というとらえ方が1つです。これを否定的なとらえ方と呼びます。
2つ目のとらえ方は、『コップに半分も入っていて嬉しい、楽しい、幸せ』というとらえ方です。これは肯定的なとらえ方です。
3つ目のとらえ方は、『何者かがコップに半分も残していてくださった。ありがたい』というとらえ方です。
1つ目を『悲帝(否定)国』、2つ目を『好帝(肯定)国』、3つ目を『ありが帝国』と名づけました。これらのどの住人になるかということです。
半分しかないじゃないかととらえることもできます。
半分もあって嬉しい、楽しいととらえることもできます。何者かが半分も残していてくださってありがたいと考えることもできます」



松下幸之助さんの思想」でも、発想の転換が示されます。
ここでは、すべての出来事を幸運ととらえる発想の大事さを説いています。
松下幸之助は、とにかく度外れた社会的弱者でした。
とにかく貧乏で、病気がちで、小学校さえ中退しました。
この「金ない、健康にめぐまれない、学歴ない」の“三ない”人間が巨大な成功を収めることができたのは、究極のポジティブ・シンキングがあったからです。
いろんな不運な出来事がありましたが、絶対に愚痴や泣き言を言わず、「わしは運が強い。幸運だ」と言い続けました。
著者は、人は不遇な境遇にあればあるほど目に見えないポイントが加算されていくのだとして、次のように述べています。
「いろんなことがあればあるほど、ポイントはたくさん貯まっていくという考え方ができます。もしかすると、キリストが言った『病める者は幸いなり。貧しき者は幸いなり。弱き者は幸いなり』というのは、このポイントがたくさん得られるという意味で幸せである、と言ったのかもしれません。
『天国は彼らのものである』というのは、そういう宇宙的な真実を、キリストが見抜いていたのかもしれないと思うのです」

 

第三章の「『うたし焼き』とは」では、次のように述べています。
「『う・た・し・や・き』とは、嬉しい話、楽しい話、幸せな話、役に立つ話、興味深い話の頭文字をとったものです。『うたし焼き』という陶芸に見立て、そのエキスパート、窯元になってしまおうという提案です」
また、「受振と発振」では、「うたし焼き」の説明となる話を次のように述べます。
「不機嫌を3年間続けていれば、3年後には不機嫌な人に囲まれます。楽しい話を3年間続けていれば、3年後には楽しい話に囲まれることになります。イヤな話を3年間続けていれば、3年後はイヤな話ばかりに囲まれることになります。
こんな面白いデータがあります。子どもにこんな質問をしてみました。
『母親が悲しそうだったら、あなたも悲しくなりますか?』
聞かれた子どもの9割以上が、悲しくなると答えました。
母親が楽しそうだったらあなたも楽しいですか、と聞かれた子どもの9割以上が、私も楽しくなると答えました」

 

それでは、父親の場合はどうなのでしょうか。
続けて、著者は次のように述べています。
「『父親が悲しそうだったら、あなたは悲しく感じますか?』と聞かれて、9割以上の子どもがまったく感じないと答えました。『父親が楽しそうだったらあなたも楽しいですか』と聞かれた子どもの、9割以上がなんとも思わないと答えました。
つまり、母親が毎日楽しそうで幸せそうならば、子どももいつも楽しく幸せそうに暮らしていくということです。いつもニコニコしている母親であれば、子どももいつもニコニコしている。いつもイライラしている母親ならば、子どももいつもイライラしている」
うーん、これは真実だとは思いますが、父親というのは虚しいものですな。



さらに、「うたし焼き」の実例話として、次のように「三五八」の不思議について語ります。
「徳川家の将軍、初代の家康、15代の慶喜はどなたも知っていますが、それ以外で有名な人を挙げるとすると、3代目家光、5代目綱吉、8代目吉宗でしょうか。3代目、5代目、8代目はとてもパワーを持っていました。
お釈迦様が悟ったのが35歳の12月8日の朝でした。お釈迦様は4月8日生まれですから、12月8日というのは8カ月目ということになります。
そして35歳の12月8日は、35歳と8カ月で悟ったということです。
また日本の場合、「都が置かれた」という言い方をしますが、『みやこ』という言葉を数字に置きかえると『み(3)、や(8)、こ(5)』となります。
『3、5、8』という数字は、どうもパワフルな力を持っている。宇宙的な応援、支援が得られる数字であるらしいという宇宙の法則があります」


 
そして第四章の「徳について考える」では、次のように述べています。
「徳というと、非常に難しいことのように聞こえますが、実は簡単なのかもしれません。
それは自分以外のものに感謝をすること。
自分の力でできることなどは、たかがしれています。
自分1人でできることなどは、まったくないと言っていいほどです。
すべてが自分の力でやってきたと思っている人に、よくこういう質問をしてみました。
酸素は自分でつくっていますか。水は自分でつくっていますか。
自分で酸素も水もつくり出して、自分の力だけで生きていますか。
聞かれた人の中で、自分の力で生きていると答えた人はいません」



最後に、「徳」についての次の言葉で本書は終わっています。
「徳を重ねると、人生が自分の思い通りになる、たとえば自分の好きな仕事ができるとか、仕事が見つかるという展開になるのではありません。
徳を重ねると、どんな仕事でもありがたいと思えるようになる。どんな仕事でも一生懸命やれるようになるということです。
いつも穏やかで淡々と、笑顔ですべてのことに取り組めるということです」



このように、本書には、著者がこれまで述べてきたことのエッセンスが余すところなく書かれています。著者の膨大な著作を読み進む前に、いわば『小林正観入門』として本書を読むといいかもしれません。
巻末には、「辞世」として次の歌が紹介されています。
「我が形見 高き青空 掃いた雲 星の夜空に 日に月に」(小林正観
意味は「高い青空、掃いた雲、きれいな星の夜空と、太陽と月が出ていたら、わたしの形見です」。わたしは、素晴らしい辞世の歌だと思いました。
著者のように、多くの人々が幸せになる方法を説き続け、最後は辞世の歌を詠んで堂々と人生を卒業していく。そんな生き方に、心の底から憧れてしまいます。



じつは、わたしもすでに辞世の歌を用意しています。
いつ何時、どのような事態が起こって、この世を卒業するかもしれないからです。
もちろん、ここでその歌を披露することはしません。
また、これから折につれ詠み直して、新しい歌に変更する可能性もあります。
もともと辞世の歌とは、そのようなものではないでしょうか。
「辞世」を詠むことによって、これからの生に対する覚悟を決めるわけです。
小林正観氏の辞世の歌も、亡くなる直前というより、ずいぶん以前のお元気なうちから用意されていたように思います。


「死」と「詩」と「志」



ブログ「辞世の歌50選」にも書いたように、日本人は辞世の歌や句を詠むことによって、「死」と「詩」を結びつけました。
死に際して詩歌を詠むとは、おのれの死を単なる生物学上の死に終わらせず、形而上の死に高めようというロマンティシズムの表われではないでしょうか。
そして、「死」と「志」も深く結びついていました。
死を意識し覚悟して、はじめて人はおのれの生きる意味を知ります。
小林正観氏の辞世の歌から、故人の高い志が見えてくるようです。


2012年4月19日 一条真也