さらば、尾崎紀世彦!

一条真也です。

5月31日午前0時5分、歌手の尾崎紀世彦さんが亡くなりました。
場所は東京都港区の病院。死因は肝臓がんで、69歳でした。


「スポーツ報知」6月2日号



今年4月に「失踪騒動」と報じられましたが、実際は違いました。
尾崎さんは、一昨年に胃がんの手術を受け、その後、肺と肝臓に転移したそうです。
そのために、長期入院で闘病を続けていたのでした。
関係者によれば、尾崎さんは闘病中も再起を目指していたそうです。
この春には最新アルバムの準備を進めていたとか。



尾崎紀世彦さんといえば、「月の織女」こと染織家の築城則子さんがNHKのBSで取り上げられたとき、たまたま番組を観ていた尾崎さんが小倉織をたいそう気に入られて、尾崎さん自ら電話で問い合わせが入ったそうです。
それが、たしか3年くらい前の出来事でした。
築城さん御夫妻も、今回の訃報に驚いておられることでしょう。


尾崎紀世彦さんの最大のヒット曲は、もちろん、「また逢う日まで」です。
二人で名前消して、二人でドアを閉めて・・・・・
わたしも大好きなこの歌、長年わが社の広報担当を務められた朝妻貞雄さんが好きでしたね。なんでも以前、わが社の松柏園ホテルに尾崎さんがディナーショー出演のために来たとき、朝妻さんが送迎で車を運転したとか。そのとき車がエンストしたのですが、なんと尾崎さん自身が車のボンネットを開いて修理してくれたそうです。
「本当に気さくな方だった」と、朝妻さんはよく言っていました。
その朝妻さんも、2009年、定年退職しました。
その送別会で、わたしは「また逢う日まで」を歌いました。
朝妻さんは、涙を流されて喜んでくれました。



ブログ「新藤兼人監督の通夜」に書いたセレモニーの後、芝から赤坂見附に向かったわたしは、「東京の止まり木」ことカラオケ・スナック「DAN」を同志と一緒に訪れました。
ここで、故・尾崎紀世彦さんを偲んで「また逢う日まで」を歌おうと思ったのですが、なんと店が休みでした。土曜日は、いつもマスターが1人で店を守っていたはずですが、何か事情があったのでしょう。今夜、きっと日本中で無数のカラオケ自慢が「また逢う日まで」を歌うはずです。そこで、わたしが果敢に挑戦して、数万人中で1位にでもなれば、何よりの故人の供養になると思った次第です。
DANのスタンドマイクで歌えば、ちょっとだけ自信はありました。ほんとに。


仕方がないので、わたしは近くの「カラオケ館」に入り、その一室で「また逢う日まで」を歌いました。「カラオケ館」おススメのスパークリングワインを飲みながら・・・・・。
ふと耳をすますと、なんと両隣りの部屋からも「また逢う日まで」が聴こえてくるではありませんか! 想像通り、今夜は日本中の人々がこの名曲を熱唱しているのでした。


また逢う日まで」を歌って、尾崎さんを偲びました



それだけ、歌手・尾崎紀世彦が偉大だったということです。
また逢う日まで」もいいですが、「さよならをもう一度」も名曲ですね。
また、わたしは「サマー・ラブ」も大好きでした。これからの季節にぴったりです。
本当に、わたしたちは素晴らしい歌手を失ってしまったと痛感します。
不世出の名シンガー・尾崎紀世彦さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。


2012年6月2日 一条真也