『「有名人になる」ということ』

一条真也です。

『「有名人になる」ということ』勝間和代著(Discover携書)を読みました。
最近では、本を出すたびに賛否両論の嵐を巻き起こす著者ですが、これはまた刺激的なタイトルで来ましたね。帯には、漫画家の西原恵理子さんのイラストとともに「勝間がまた嫌われそうな本出してる。」との言葉が踊っています。


前代未聞の「有名人」入門書!



さらに帯には著者の全身写真と一緒に、以下のようなコピーが書かれています。
「この本は、わたしのこの数年間の『有名人になる』という不思議な体験について、当事者の視点からまとめたものです。
どうやったら有名人になれるのか、そのとき得られるものは何か、失うものは何か。
わたしの記憶が新しいうちに、正直に、赤裸々に、事実をまとめました。
なってみたい方、知りたい方の参考になることを目指しました。」
この一文を読んで、わたしは「うーん、これは面白そうな本だな」と思いました。
何より、これは誰にでも書ける本ではありません。
著者が限られる本の内容には、それだけで情報価値があります。
まさに、本書は前代未聞の「有名人」入門書であると言えるでしょう。



本書の「目次」は、以下のようになっています。
「はじめに」
第1章:有名人になるということ  そのメリットとデメリット
第2章:有名人になる方法
第3章:有名人をつくる人たち
第4章:「終わコン」  有名人としてのブームが終わるとき
「おわりに〜それでも有名人になりたいですか?」


「有名人」とは、誰でもなろうと思って努力すればなれる!
本書がすごいのは、このような一見乱暴な主張を堂々と繰り広げているところです。
著者は、次のように述べています。
「たとえば、勝率5%の勝負を50回行って、全部の勝負に負ける確率はたったの7.7%です。100回行うと、全部の勝負に負けるのはわずか0.6%。すなわち、ほんのわずかでも可能性があることがあれば、負ける確率が高いのは百も承知でそれでも勝負を続けていくと、いつかは回数の勝負で勝てるのです。
ただ、多くの人はそのような努力を50回、あるいは100回は続けません。しかし、もしチャレンジしてもとくに失うものがなければ、勝負をし続けることです。そうすれば、必ず勝てます。わたしは多くの有名タレント、有名経営者にインタビューする機会を得ましたが、ほんとうに、すべての人に共通するのが、この『じゃんけん、じゃんけん、またじゃんけん』の精神です」
うーん、では、延々と勝負をし続けていれば、最後は勝てるのか。
著者は、この精神で3冊目の著者を20万部のベストセラーにしたそうです。
しかし、「朝日新聞」5月20日号の書評で、フリーライター速水健朗氏が「一瞬納得しそうになるが、これに並ぶ20万部クラスのヒットは、年間8万冊刊行される内の約50冊。勝率0.0625%の勝負を50回行っても全部負ける確率97%。数字の魔術に騙(だま)されてはいけない。この方法で有名人になるのは難しい」と反論しています。


 
でも、その速見氏も感心したのが、著者が有名人になるために実践した行動です。
ラジオのレギュラーを持つため、スポンサー料100万円を出版社に「おねだり」してかき集め、「紅白」「金スマ」らの番組関係者の前で「出たい」とアピールしまくったそうです。
それにしても、なぜなぜ「紅白」と「金スマ」だったのでしょうか。
その理由について、著者は次のように書いています。
「『紅白』は10人の審査員の中で文化人枠がひとりだけあり、そこに選ばれることが、その年にいちばん活躍した文化人だと認められることだと、人に言われたからです。さらに、応援してくれているまわりの人たちが喜ぶからと言われたことも、『紅白』を目標にしようと考えた理由でした。『金スマ』のほうは、坂東眞理子さんをはじめ多くの人の本が『金スマ』で取り上げられることによってミリオンセラーになっていたからでした」



また、TBSの番組「情熱大陸」には、著者自らプレゼン資料を用意して、制作会社同士のコンペティションを勝ち抜いたそうです。
速水氏は「並の神経、面の皮では難しい」とコメントしていますが、いやはや、ここまで赤裸々にカミングアウトできる精神力はすごいですね。
ちなみに、わたしも一度だけ「情熱大陸」の製作会社の社長さんに会ったことがあります。「一条さんをぜひ番組に出したい!」という熱心な読者の方の紹介で六本木ヒルズ近くのBARでお会いしたのですが、結局、わたしは出演しませんでした。わたしは普段テレビというものをまったく見ないので、「情熱大陸」という番組そのものを知りませんでした。世に中には、どうしても番組に出て有名人になりたい人もいるのですね。
わたしは基本的に「文化人の有名人」という存在に対して冷めた見方をしています。
というのは、いくら「有名人」をめざして頑張ったとしても、しょせんアイドル歌手や人気のお笑い芸人、俳優や女優、つまりはプロの芸能人には敵わないからです。
J−POP、コミック、スポーツ界の人気者にも負けるでしょう。



それでも、「有名人」をめざす著者は、次のように述べます。
「何度生まれ変わるとしても、やはり、『自分がなんらかの形で、いろいろな人たちのハブとなって、いろいろな情報を集めることができ、そして、人のチャンスをひろげられる仕事をしていたい』と思います。そしてもし、『有名人になる』ことが、そのいちばんの近道であったとしたら、きっとまたわたしは、同じビジネスを選ぶことでしょう。つまり、有名人になるということを、『いろいろな人とつながり、その人たちと信頼関係をもつチャンスである』ととらえ直すと、有名人になることの本質が見えてくるような気がするのです」
よく、俗物根性の代名詞として「金と名声」という言葉が使われますが、「年収が10倍になる」の次が「有名人になろう」では、ちょっと虚しいですね。



興味深いのは、実際に「有名人」になった著者が、「有名人のメリットとデメリット」について次のようにまとめていることです。
1.有名人になることの直接的な金銭メリットは思ったほどは大きくない。プライバシーの侵害にちょうど見合うか、見合わないか程度
2.なんといっても大きいのは、人脈のひろがりによるチャンスのひろがり。これを生かせないと、有名人になったメリットはほとんどない
3.大きなデメリットのひとつは、「衆人環視の中」で生きるということ
4.最大のデメリットは、見知らぬ人たちから批判され攻撃されることを「日常」と考えなければいけないこと
5.発言力がつき、やろうと思ったこと、考えたこと、目指すことができやすくなる。それは有名人であることが信用につながっているからである


 
著者いわく、有名人になることは多大な努力を要しますが、「最近はインターネットがありますから、自分でブログやSNSで発信を続けていれば、こちらから企画書を送らなくても向こうから見つけてくれる時代でもあります」とのこと。
そして、以下のことを繰り返すことが大切だと訴えます。
「商品性を磨き続けること × その商品があるということを発信し続けること」
著者は、「(これを)繰り返していれば、市場は意外と早く、あなたの価値を見つけてくれるとのです。なぜなら、市場はつねに、新しい商品を欲しているからです」と述べます。



有名人になるための要素として、著者は「市場性」というものを重視します。
そして、市場性というのは複合能力で評価されると訴えます。
著者は、金融・会計の専門家に比べて満足のゆく査定論文は書けなかったそうです。
また、アナリスト・コンサルタントとしても超一流ではなかったと告白しています。
しかし、それまでの仕事ではあまり生かされてはきませんでしたが、著者には市場性があったものがありました。次のように述べています。
「それは、『概念的なものを言語化する能力』でした。
その背景には、幼少期からバカみたいな量の本を読んでおり、いろいろな雑学的な知識やフレームワークボキャブラリーを整えていたことがあったようです。そのため、なにか思いついたことを比喩を使って説明したり、人がもやもやと考えていることをフレームに落としたり、ステップにしたりすることがまったく苦ではありませんでした。
たとえばこの『「有名人になる」ということ』という本についても、多くの有名人になった人が漠然と考えていることをコツコツと10万字の文字にするくらいのボキャブラリーと根性はあるわけです」
なるほど、その市場性とは、ベストセラー本を書くという能力なわけですね。
ならば、著者の本来の姿とは「ライター」であり、「物書き」ということになります。



さて、本書の中で、最もわたしの心に響いたのは以下の一文でした。
「定番と言われる有名人たちはつき合ってみると、驚くほど勤勉な人たちばかりだということがわかります。身体を鍛えるトレーニングはもちろんのこと、新しい話題の学習、演技の練習、ボイストレーニング、話題の映画や演劇の鑑賞、外国のもっとも新しいものの吸収など、つねに品質保証のためにインプットを重ねているのです」
これには、大いに納得させられます。そして著者は、「有名になるために、メンタル面で必要な3つのポイント」として以下の3点をあげます。
1.羞恥心を捨てて、有名になることを決意すること
2.有名になるにしたがって起きてくるネガティブな事象にもくじけないこと
3.有名人の仲間を見つけて、互いに支え合うこと



ある日、著者は自分が「終わコン」であることに気付きます。
「終わコン」とは、「終わったコンテンツ」のことですね。
「勝間本」として一世を風靡した著書が売れなくなったのですが、その理由を自己分析します。結果、時間に追われて書いた「Easy」な内容であることがファンにばれたと悟ります。著者は、1人の人間がブームとなり、そのブームが終焉するサイクルが以下の3つの要素がからみ合って生まれると考えます。
その1.日本人の場合、情報取得→解釈のサイクルが2年間でおおよそ、レイトマジョリティまで普及する
その2.当の本人は、忙しくなるうえ、人気を背景に仕事が「Easy」になるため、アウトプットの質が下がる
その3.おおむね、1人のコンテンツを3〜5くらい手に入れると、「大ファン」でない限り、お腹がいっぱいになる



しかし、「終わコン」を悟ってからも、著者はあきらめませんでした。
多くの有名文化人は、テレビの仕事を優先し、著作活動は「Easy」な口述筆記などに頼ります。でも、著者はあえてそれをせず、バラエティー番組の出演を減らしました。そして、自らの品質管理に立ち返り、初心に返って著書を書き下ろすのです。
そうやって生まれたのが、ブログ『ズルい仕事術』で紹介した本であり、本書でした。
いずれも、デビュー以来の長い付き合いの版元から出版しました。
その内容や、書かれているメッセージについては賛否両論がありますが、最近の一連の著書に比べて密度が濃いことは間違いなく、また以前のベストセラーのように売れたことも事実です。この著者の姿勢について、速水氏は「あまり聞かない例であるが、それができたのがとても勝間和代らしいし、濃い内容の本書には、その成果が表れている。『終わコン』は、柄にもない謙遜である」と書いています。
著者はドラッカーを愛読しているそうですが、ドラッカー思考のキーワードである「真摯さ」という言葉を最近の著者の生き方から連想しました。



本書には、有名人になったことによるデメリットも多く書かれています。
その最たるものこそ、「2ちゃんねる」に代表されるネットでの誹謗中傷でしょう。
最初は、他人の悪意に対して落ち込んだこともあったという著者ですが、「おわりに〜それでも有名人になりたいですか?」では次のように述べています。
「最近は、さまざまな悪口も、自分が存在することで、人々のハブになれるのであれば、それがたとえわたしの悪口で盛り上がることを通じてであったとしても、それはそれでいいのではないかとさえ思えるようになりました(もっともそれは、いまのところ、わたしの耳に届かなければ、という条件付きではあります。さすがに届いてまで平静にいられるほどには、まだ人間ができてはいません)」
これを読んで、多少の「痩せ我慢」はあるにせよ、「偉いなあ!」と思いました。
ダライ・ラマ14世じゃあるまいし、なかなか言えるセリフではありません。



続けて著者は、次のように読者に語りかけます。
「あなたが、これから有名になろうとする、あるいは実際に有名になるとすると、いろいろなことが起きるでしょう。けれども、批判が出てきたとしたら、それは、批判に値するくらいあなたの『有名度』が高まったということなのですから、どうか自信を持ってください。そのころには、その何倍も、あなたが有名になることで助かっている人がいるはずです」



そして、最後に著者は次のように読者に呼びかけるのです。
「さぁ、これを読んで、それでも有名になりたいと思ったあなた、ぜひ、この本に書いてあるさまざまなノウハウを生かして有名になってください。
そして、有名になって、まわりの人が幸せになったときにはぜひ、『この本がきっかけでした』と言ってくださると、わたしもとってもとっても幸せです。
みんなで有名×幸せの輪をひろげていきましょう」
わたしは、この本に書いてあるさまざまなノウハウを生かしたとしても、簡単に有名人になれるとは思いません。それでも、「有名人になる」ということよりも「人として生きる」ということについての著者の考え方がよく表れた本であると思いました。
本書は、非常に興味深く読める、一冊の人生論でした。


2012年6月11日 一条真也