『ひとり誰にも看取られず』

一条真也です。

6月28日、東京の新橋にある(社)全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)で開催された広報・渉外委員会に出席しました。わたしは次年度の委員長候補者なのです。
7月27日(火)には、全互協の第37回総会が東京で開催されます。
その際、「孤独死」をテーマにした講演および対談をすることになりました。
対談相手として、実際に「孤独死」の問題への取り組みについて世間から注目され、また国にも方策を提言するなど積極的に活動している千葉県松戸市常盤平団地自治会長中沢卓実氏をお招きします。
そこで「孤独死」について勉強するために、以前読んだ『ひとり誰にも看取られず』NHKスペシャル取材班&佐々木とく子著(阪急コミュニケーションズ)を再読しました。


                  激増する孤独死とその防止策


本の帯には、「聖路加国際病院理事長 日野原重明氏絶賛!」として、「なんと読む者の心を震わせることか」との日野原理事長の言葉が紹介されています。
また、「『孤独死』が格差社会の苛酷な現実を最も的確にあぶり出している!」というコピーが真ん中に書かれています。
さらにその上には、「NHKスペシャル『ひとり団地の一室で』をベースに、大幅な追加取材を行って書籍化した、孤独死問題のバイブル!」と書かれています。
そう、本書は話題となったテレビ番組を書籍の形に編集し直したものなのです。
NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」は、2005年(平成17年)9月24日土曜日、午後9時から9時52分まで放送されました。
放送直後から、初めて若年層の孤独死、いわば「若年孤独死」に焦点を当てた番組として大きな反響を呼びました。
孤独死」といえば、これまでは多くの人が「大災害のあとの仮設住宅などで、一人暮らしの高齢者がひっそりと亡くなる」といった特別なケースをイメージしていました。
しかし、番組が暴き出した現実は違いました。
一般には働き盛りと思われている40代、50代の高齢者という枠に入らない人々までが、日常の中で孤独死していたのです。



この番組では、千葉県松戸市にある常盤平団地を取り上げました。
全国のニュータウンに先駆けて50年前に建設され、1960年(昭和35年)4月に入居開始された団地です。
常盤平団地は4、5階建ての中層集合住宅ですが、総戸数が4839で、全戸の入居が完了したのは1962年(昭和37年)でした。
団地の中には保育所や幼稚園、小中学校、郵便局、商店街まで備えられていました。
まさに一つの新しい町、つまり「ニュータウン」が忽然と誕生したのです。
そして、常盤平団地は「東洋一の団地」と呼ばれ、入居希望者が殺到。
抽選倍率は、なんと20倍を超えたそうです。
若い夫婦と子どもたちであふれていた夢の団地は、半世紀近くの時間を経て、「孤独死」を招きいれてしまいます。
それは、2000年秋に起きました。
72歳の一人暮らしの男性の家賃の支払いが滞ったために何度も公団から催促状が発送されたにもかかわらず、何の連絡もありませんでした。
異常を感じた管理人は警察に連絡し、警察官がドアを開けます。
そこにあったのは、キッチンの流しの前の板間に横たわる白骨死体でした。
本書には、次のように書かれています。
「検視の結果、男性は死後およそ3年、死亡当時69歳であったことが判明した。事件性はないと判断されたものの、すでに死因を特定できる状態ではなかった。訪ねてくるような親族や友人知人も、近所付き合いもなく、家賃が口座からの引き落としであったために、預金が底をつくまで誰もその死に気づかなかったのだ。」
かつての「東洋一の団地」に衝撃が走りました。
住民たちは、「自分たちの団地から、孤独死が出るなんて!」「隣人とのつながりとは、そんなに希薄なものだったのか」「恥ずかしい、人に知られたくない」という気持ちをそれぞれ抱いたそうです。
誰もが大きなショックを受けました。みんな、孤独死とは団地などではなく、特別な状況下で起こるものであると思い込んでいたからです。
しかし、さらに独居老人の多くなった常盤平団地で、孤独死が続きます。
その大きな原因について、本書では「もともと住んでいた住民の高齢化に加えて、家賃の相対的な低下と単身入居枠の増加によって、住民の世帯構造が変わっていったことにある」と分析しています。


           

そこで立ち上がったのが、中沢氏を会長とする常盤平団地自治会のメンバーでした。
孤独死ゼロ」を合言葉に、崩壊したコミュニティを復活させるという目標を立てます。
そして、団地自治会を中心に、常盤平団地地区社会福祉協議会、民生委員が一緒になって、孤独死問題に対処するためのネットワークやシステムを作りました。
中沢氏は「死をお坊さんの領域と考えるのではなく、自分たちのこととして真正面から取り組んでいかなければならない」と考え、緊急通報体制を整えるとともに、自治会報である「ときわだいら」02年10月号に「孤独死を考える」と題した特集記事を掲載しました。


そして、孤独死をなくすための具体的な方策としては、団地入居者の自宅電話番号を公開し、通報を受けられる体制作りなどをめざしました。
また、「孤独死ゼロ作戦」の本部となる「まつど孤独死予防センター」を設立しました。
さらに、独居老人は他人にカギを預ける必要も出てきます。それに加えて、かかりつけの医師や緊急連絡先などを記した「あんしん登録カード」が生まれました。
団地社協都市再生機構が共同で制作したものですが、この「あんしん登録カード」は団地の全戸に配布されました。
事件や事故、災害、孤独死などの緊急事態に際して、すみやかに関係者に連絡を取れるようにすることが目的です。



厚生労働省では、07年から「孤立死防止推進事業」を開始しました。
なぜ、「孤独死」ではなく「孤立死」という名称にしたかというと、一人暮らしでなくても高齢者夫婦のみの世帯や、要介護の高齢者(親)と中年の独身男性(子)の世帯など、社会的に孤立した人々をも対象に含めるからだそうです。
これに対して、中沢氏は「孤独死という名称で社会問題として認知・定着しているのに、なぜ今さら孤立死と言い換えるのか」と疑義を呈しておられるそうです。
常々、法律的観点のみから言葉というものを考える役人的言語感覚に戸惑っているわたしとしては、中沢氏の意見に賛成です。



孤独死の背景には、さまざまな原因があります。
たとえば、現代社会そのものが抱える高齢化、世帯の単身化、都市化などの問題。
離婚や未婚の増加、少子化
リストラ、リタイア、病気、障害などによる失業。
精神障害認知症、アルコール依存、うつ、引きこもり。
暴力やギャンブルや借金などによる家庭の崩壊。
そして、貧困。数え上げれば切りがありません。
まさに、これらの諸問題をなくすことこそ「最小不幸社会」の目的でしょう。
本書には、今あげた孤独死の背景にある多くの問題を紹介した後、次のように書かれています。
「しかし、見方を変えれば孤独死の原因はただ一つ、『孤独』である。孤独死を解決する方法は、『孤独にさせない』『孤独にならない』この2つに尽きると言うこともできる。そのために重要なのは、月並みではあるがやはり人と人との交わり、コミュ二ティーだ。」
わたしも、この意見に全面的に賛成です。
ですから、わが社は人と人との交わりである「隣人祭り」開催のお手伝いに励んでいるのです。



そして、最大の問題とは、孤独死を問題視しないことです。
日本女子大学教授の岩田正美氏によれば、「どうして孤独死が問題なの?」と考えること自体が問題なのです。
個人主義や自立主義の蔓延と言ってしまえばそれまでですが、わたしには想像力を失くした人が多くなってきたからだと思います。
何の想像力か。それは、「死者は自分の未来である」という想像力です。
死ぬのはあくまでどこかの他人であるという「三人称の死」しかイメージできない者が多すぎます。
彼らは、自分の愛する家族が死ぬという「二人称の死」、あるいは自分が死ぬという「一人称の死」をイメージできないのです。
本書の最後には、次のような岩田氏の言葉が紹介されています。
「死を概念的にしかとらえず、『放置された死』がどういうものか知らないことも大きい。ウジがわき、ひどい臭いを放つ姿になった自分を、赤の他人に見られる。遺品もすべて他人の手に委ねられる。そして、それを処理する人の迷惑。孤独自体は悪ではないし、孤独という言葉に日本人は美学を感じてしまいます。しかし現実の孤独死は、美学とはほど遠いものなのです」
「死」に対する想像力を育てること、自分が死んだときの姿や葬儀の様子を具体的にイメージすること、そこからすべては始まる。
本書を読んで、わたしはそう思いました。


2010年6月29日 一条真也

『孤独死ゼロ作戦』

一条真也です。

いま、羽田空港のラウンジです。
これからスターフライヤーに乗って、北九州に帰ります。
孤独死ゼロ作戦』中沢卓実著、結城康博監修(本の泉社)を再読しました。
常盤平団地自治会長である中沢氏の著書です。
中沢氏は、日本における孤独死問題の第一人者です。



                   生きかたは選べる!


本書の「はじめに」の冒頭で、中沢氏は次のように述べています。
「『孤独死ゼロ作戦』――この言葉をわがこととして受け止めるようになったのは、私の住む常盤平団地で発生した『白骨死体で三年』、あるいは『こたつで伏せて四ヵ月』という痛ましい『孤独死』の現場に立ち会ってからです。このふたつの出来事が、『孤独死ゼロ作戦』を展開するきっかけとなり、『人の死を無駄にしてはいけない』と考え、さらに『孤独死』を生む社会的背景をまとめることにもなりました。」
そして、次のようにも書いています。
「私どもは、人間にとって何より大切なことである、『命の尊さ』を知りました。なんといいましても『死は生のカガミ』であり、『どう死ぬか』は、究極的に『どう生きるか』という『生き方』に関わると考えます。また、死は選べないが、『生き方』については選ぶことができることも改めて知りました。」



中沢氏らが推進する「孤独死ゼロ作戦」については、ブログ『ひとり誰にも看取られず』でも紹介しましたが、本書にはその具体的な方策の数々が詳しく書かれています。
その中に、「いきいきサロン」の開設があります。
これは、2007年4月にオープンした、高齢者の集いの場です。
このサロンの目的は、誰でも気軽にお茶を飲める場を設けることです。
サロンに来て、近所の人たちと気軽にしゃべることによって、仲間を作ってもらうのです。
サロンの入室料は一人100円で、コーヒーや紅茶などが飲み放題です。
一人暮らしの人が、弁当持参で昼食を食べに来てもいいのです。
これまで家の中でテレビばかり見ていた人も、サロンが開設されると、よく訪れるようになったといいます。
なぜなら、テレビは話相手になってくれませんし、あいさつしても無反応です。
でも、サロンで誰かに声をかければ返事が返ってきますし、いろんな話もできます。
最初は、しょんぼりしておっかなびっくりサロンに来ていた人も、そのうち話相手を見つけます。すると、その人の表情が変わってくるそうです。
人と接して話しているうちに、サロンに来る人々の表情が明るくなってくるので、中沢氏らは「これだ!」と思ったそうです。
中沢氏は、「ともすれば『孤独死予備軍』になりかねなかったような人が、このサロンへ来て『あいさつ』をする、『話』をする、『仲間』をつくる、そして『常連』となっていくのです」と書かれています。



               「あいさつ」運動の推進が孤独死をなくす


ここで、中沢氏は「あいさつ」というキーワードを提示し、次のように述べています。
「あいさつからすべてが始まります。近隣との関係も仲間づくりもそうだと思います。」
「団体でも会社でも、きちんと、明るく元気にあいさつをしているところは発展性があるのです。あいさつもしていない職場は、停滞していくということがわかりました。」
「あいさつをすることは、人間社会において非常に大事なことだと、実に当たり前のことを『孤独死対策』を考えるなかで再発見しました。」
「用があってもなくても、顔見知りでも知らない人同士でも、気持ちよくあいさつの声をかけあう、そこに意味があるのだと思うのです。」
そして、中沢氏は「孤独死」の問題で一番大事なのは「生きることへの働きかけ」であるとして、そのために「あいさつ」はあると言います。
あいさつから始まって、あいさつで終わるという人生を築くことが大切だというのです。
中沢氏によれば、挨拶は「幸せ」(心地よさ)をつくります。
その心地よさを知っている人が、率先して地域の人々に広めていくことを提唱します。
「まず、お隣の人に挨拶をして、笑顔の働きかけをしてみましょう」と呼びかけています。



この中沢氏の呼びかけには、わたしは大いに共感しました。
およそ、人間関係を考えるうえで挨拶ほど大切なものはありません。
「こんにちは」や「はじめまして」の挨拶によって、初対面の人にも心を開きます。
沖縄では「めんそーれ」という古くからの挨拶言葉が今でも使われています。
この「めんそーれ」という挨拶は「かなみ」と言われるそうです。
これは挨拶が人間関係の要(かなめ)であることを意味します。
挨拶が上手な人を「かなみぞうじ」といい、「かなみかきゆん」は「挨拶を欠かさない」「義理を欠かさない」という意味だそうです。まさしく挨拶は人間関係の要なのですね。
孤独死の防止においても、挨拶が重要な役割を果たすのは当然だと思います。



そして、日夜、孤独死について考え続ける中沢氏の思索は当然ながら「死生観」というものに行き着きます。
人間の死亡率は100%であり、「死」は「生」のカガミです。
中沢氏は、「『死』について、私たち人間は選ぶことができないということがわかってきました。しかし、『生きる』ことは、自ら選ぶことができるのです」と述べています。
わたしは、つねづね「死は最大の平等である」と語っているのですが、中沢氏は本来平等ではない「生」にいかに平等の光を当てていくかを考えているのかもしれません。氏は、次のように述べます。
「貧しい人たちや、障害をもっている人、あるいは、今のままでいたら『孤独死予備軍』になりそうな人など、そういった人たちをどうやって地域で支え合っていくのでしょうか。これが、『地域福祉』の原点だと気付かされました。」



わたしは、7月27日(火)に中沢氏と対談させていただきます。
(社)全日本冠婚葬祭互助協会の総会イベントとして開催されるトーク・イベントです。
タイトルは「孤独死に学ぶ互助会の使命とは〜進化する冠婚葬祭互助会の未来像」ですが、けっして互助会の企業戦略あるいは業界戦略として「孤独死」の問題を取り上げる気などありません。
孤独死」のような厳粛な問題に、けっして営利目的で近づいてはなりません。
この無縁社会の中における互助会の使命とは何か、「孤独死予備軍」になりそうな方々に互助会は何ができるのか、そんな根本的な問題を考える一つの入口として「孤独死」があるのではないかと思っています。

2010年6月29日 一条真也

『団地と孤独死』

一条真也です。

北九州へ帰ってきました。
偶然、同じスターフライヤーに2人の知人が乗っていました。
上村紙業㈱の上村篤弘社長と㈱サニーライフの大西孝英社長です。
上村社長とは高校の同級生で、先日も一緒にランチしたばかりです。
互助会を経営する大西社長とは同業の仲であり、昨日も全互協の広報・渉外委員会で一緒でした。夜は、懇親会で酒を飲み交わしました。
このように、学縁や業縁を結ぶ人たちと偶然出会うのは嬉しいものです。
自分は「孤独」ではないのだと実感できるからです。
ということで、孤独死についての本の第3弾です。
『団地と孤独死』中沢卓実・淑徳大学孤独死研究会 共編(中央法規)を再読しました。
大学の研究会が共編者というだけあって、中沢氏の著書『孤独死ゼロ作戦』よりも資料的要素が強くなっています。

 
                   孤独死から何を学ぶか


本書は2部構成になっており、第1部が「孤独死の実態から学ぶ」、第2部が「孤独死の実体を整理する」です。
わたしは、特に第1部の第3章「孤独死の防止に本人の力を」が興味深かったです。
淑徳大学国際コミュニケーション学部准教授の山口光治氏が執筆しています。
山口氏は、まず孤独死の「孤独」の意味について考えるのです。
参考にしたのは三木清の『人生論ノート』で、そこには次のように書かれています。
「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の『間』にあるのである。孤独は『間』にあるものとして空間の如きものである」
また、哲学者の谷口龍雄が『出会いの哲学』に書いた、次の言葉も参考にします。
「孤独は、人間が事実的共在の内にありながら、しかも心の通い合いによる共在を欠いているところに存する人間のあり方である」
ここでいう「共在」とは、心の通い合いによって他者と一体的に共にあるということです。
人間の本来のあり方は一人ではありません。
人間とは、心の通い合いによって他者と共にある存在なのです。
この考え方は、和辻哲郎の名著『人間の学としての倫理学』にも通じると思いました。



また、山口氏は「孤独死の何が問題か」において、3つの問題点をあげています。
第1は、一人で死ぬことの問題。
第2は、世話や介護、治療が必要でも、それが受けられない問題。
この二つは、孤独死した本人への同情が強く感じられます。
第3の問題点とは、孤独死した後の家族や親族、近隣等への影響の問題でした。
「自分らしく生き、死亡後も本人の意思にのっとって葬儀の執行、財産や所有物などの整理が行われるということは大切なことです」とした上で、山口氏は自らの「死」を事前に準備しておく人の少なさを問題として、次のように述べます。
「そのように『もしこんな状態になったら、こうして欲しい』と事前に準備しておく人は、孤独死をした事例のなかでは見受けられませんでした。むしろ、ゴミを捨てに行くこともせずにゴミのなかで暮らし、近隣との付き合いもなく、家族とのつながりもない事例が目に止まりました。自分がどう生きたいのかという意思が、さまざまな挫折や喪失体験などを経るなかで薄れてしまっているように感じます。そうしたなかで最期が訪れ、息を引き取ってから発見されるまで長い時間が経ち、腐敗した肉体から放たれる悪臭や汚れは室内のみならず室外へも不快感をもたらすと共に、その後の処理に多大な迷惑をかける結果となります。」
この山口氏の指摘を「冷たい」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、次のように「多大な迷惑」を具体的に知れば、どうでしょうか。
「団地やマンションで孤独死が起こることにより、ほかの住民はもとより管理者や入居希望者に与える影響も少なくありません。さらに、身元が明らかになって遺体を引き取るように急に呼び出される親族にあっては、戸惑いが大きく、さまざまなことの処理に時間と費用が費やされる結果となります。『人の世話にならないと言っている人に限って、最期に大きな迷惑をかける』とある方が話していましたが、まさにさまざまな問題を後に残します。」
これは、孤独死の「リアル」です。孤独死を防止するために、みんなで孤独死予備軍の人をサポートしようと呼びかけることも大事ですが、本人の自己責任力を問う視点も同じように大事ではないでしょうか。
 


孤独死の防止に本人の力を」という山口氏の文章を読んで、わたしは上杉鷹山のことを連想しました。
鷹山は、財政危機の米沢藩にあって、身体障害者、病人、妊婦、赤子、老人といった社会的に弱い立場の人々を助けに助けたハートフル・リーダーでした。
しかし、その福祉のすべてを藩財政で負担することは不可能であり、次の3つの「助」を打ち出しました。
  1. 自助。すなわち、自ら助ける。
  2. 扶助。藩政府が手を伸ばす。
  3. 互助。互いに近隣社会が助け合う。
これら3つの「助」による三位一体で、米沢藩の福祉政策は奇跡の成功を収めました。
社会的存在である人間にとって、一番大切なものは「思いやり」です。
それを形にする具体的な方法論として、自助・扶助・互助の三位一体を考える必要があります。もちろん、孤独死防止という問題においても通用することだと思います。



本書の終章「孤独死は、生き方の問題」で、中沢氏は淑徳大学の長谷川匡俊学長と対談しています。そこで、中沢氏は次のように語っています。
「私が孤独死問題から何を学んだかというと、人間が本来もっている原点に立ち返れ、ということなのです。人間というものは、みな関わりをもって生きている。それなのに原点を忘れている。人間という言葉をみても、人という文字は支えあうという意味を形で表していて、そして『間』はコミュニケーションということでしょう。人との関わりのなかで自分は生かされていると、そういうことが文字にも表れているわけですね。」
それなのに、孤独死する人々はその人間の原点を忘れてしまったのです。
中沢氏が孤独死をずっと見ていると、現代社会に生きる人々は「ないないづくし」で暮らしていることがよくわかり、その実態は本当に恐ろしいそうです。
孤独死予備軍の「ないないづくし」とは何か。それは次の10点に集約されます。
  1.配偶者がいない。
  2.友だちがいない。
  3.会話がない。
  4.身内と連絡しない。
  5.あいさつをしない。
  6.近隣関係がない。
  7.自治会や地区社協の催しに参加しない。
  8.人のことはあまり考えない。
  9・社会参加をしない。
 10.何事にも関心をもたない。



中沢氏によれば、「孤独死は行政がなんとかしてくれる」という、あなた任せになる危険性があるといいます。そうではなく、自分たちの生活習慣を改めて、地域の幸せを皆でつくるという発想が大事なのです。
そこで出てくるキーワードが「あいさつ」でした。中沢氏は、次のように述べます。
「そこで私たちが結構腐心するのは、言ってみれば、おじいちゃん、おばあちゃんから、若い人たちまで共通して理解されるものは何かということです。そうして行き着いたのが『あいさつ』することでした。誰でも参加できる、納得できる、それは『あいさつ』をすること。地域でこの運動を高めていこう。あいさつは孤独死ゼロの第一歩なのですよ」
たしかに、「孤独死」は人間という『間』からドロップアウトする部分があるわけで、そうならないためには、もう一度『間』に戻る必要があります。
そのためには、『間』に入る魔法の呪文としての「あいさつ」が重要になるわけです。
まさに、「あいさつ」という「礼」の力こそが人間の幸福に直結していることを、中沢氏は孤独死の中から学んだのです。
近隣との「ないないづくし」の関係を、あいさつすることによって、「あるあるづくし」に変えていけるのです。
これは「天下布礼」の旗を掲げて「人間尊重」思想の普及を願うわたしにとって、本当に心に沁みるような思いがしました。



さて、長谷川学長も、「三声」という非常に興味深い考え方を示しています。
「三声」とは、高度経済成長以前の村落共同体が存在していたときの地域コミュニケーションのあり方です。
どういう三声かというと、一つ目は、地域にある神社や寺などの祭礼行事で、祝詞やお経、あるいは鉦や太鼓というような祭礼行事に集まる人々のさまざまな声。
二つ目は、年齢が異なる集団の子どもたちの声。
昔あった「子ども組」のような、歳の異なる子どもたちが遊びを通して社会性なり社会力を身につけていくときの、活気あふれる声。
そして三つ目は、かつて近隣や一村の中でお互いに協力し合いながら田植え、稲刈り、道普請をやったり、漁村や山村であればそれぞれの地域の生業に即して協力する、そのときの労働の唄声、民謡などが典型です。
このように「地に三声あり」を唱える長谷川学長は、次のように述べます。
「しかしいつの間にか、地域から祭礼行事等の鉦や太鼓、集まる人たちの声が消え、それから子どもたちの声も消えていき、かつ労働の唄声も消えてしまっている。このような三声をどうやって再生ないし新生させるか、地域再生の課題です。常盤平団地では毎年夏の盆踊りの折に多くの方々が集まってくるそうですね。つまり、地域の活力としての結衆、人と人との関わりがあってこそ、声が聞こえてくるわけで、それが大切だと感じます。」
この「三声」という考え方に、わたしは多くのヒントを貰いました。
同じ職場で働くという「職縁」意識を強くするには、労働唄というのとは少し違うかもしれませんが、社歌というものも重要です。
わが社では、第一社歌「愛の輪」、第二社歌「永遠からの贈り物」という二つの社歌を式典や総合朝礼などで全社員で唱和しています。
また、「三声」は孤独死の防止に直接つながる地縁再生のための大きな可能性も秘めていると思います。
わが社がサポートさせていただいている「隣人祭り」においても、さまざまな祭礼や年中行事にあわせての開催を企画しています。



結局は、孤独死どうのこうのということより、地域の人々がみな「幸せ」にならなければなりません。
中沢氏によれば、福祉というのは「福」も「祉」も、語源は全部「幸せ」という言葉であり、「福祉」とは「幸せづくり」という意味なのです。
ですから、中沢氏は「地域福祉と言った場合に、地域の幸せをどうやってつくっていくか。そうすると、人々の喜びをもってわが喜びとできるというか、ということに関わってくるのです」と述べています。
最後に、中沢卓実氏が孤独死の対応の中から学んだこととは何か。
それは、人間どう死ぬかということは、「どう生きるか」ということにつながっていると再発見したことだそうです。
中沢氏の次の言葉がすべてを語っているでしょう。
「人間の死亡率は100%だということを、わかっていたようだけれども、あらためて気づかされました。つまり、人間は死ぬことを自分では選べない、ところが人生とか生き方は選べる。だからよりよい方向に自分を選択する。悪い生活習慣を改めるということも含めてですね。生きることの喜びをみんなで共有していきたいと、このことを強く感じました。」
『ひとり誰にも看取られず』『孤独死ゼロ作戦』『団地と孤独死』・・・これで、中沢卓実氏に関する書籍を3冊続けて再読しました。
わたし自身、孤独死に対する関心が非常に強くなりました。
7月27日(火)に、中沢氏と対談させていただくことが今からとても楽しみです。


2010年6月29日 一条真也

さらなる前進を

一条真也です。

社長室に戻ると、会社やわたしを取材した新聞や雑誌が届いていました。
まず、「朝日新聞」を開いてみました。
先日オープンした「ムーンギャラリー」や「月あかりの会」が大きく紹介されていました。
スタッフによれば、21日のオープン以来、連日多くのお客様が「ムーンギャラリー」を訪れ、「月あかりの会」への問い合わせも絶えないそうです。


                  6月27日「朝日新聞」朝刊より


また、冠婚葬祭互助会の業界紙である「互助会通信」に、7月27日(火)にホテルベルクラッシック東京で開催される講演&対談の告知がされていました。
題して、「孤独死に学ぶ互助会の使命とは〜進化する冠婚葬祭互助会の未来像」。
対談相手は、千葉県松戸市にある常盤平団地自治会長の中沢卓実氏です。
中沢氏は、NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」などにも大きく取り上げられた孤独死問題の第一人者として有名な方です。
わたしは、特に「隣人祭り」について話したいと思っています。
孤独死について、また無縁社会について、中沢氏と大いに語り合いたいと思います。


                  「互助会通信」第391号より


そして、九州を代表する経済誌である「ふくおか経済」に、わたしの著書の話題をはじめ、わが社のさまざまな取り組みが紹介されていました。隣人祭り、ホームレス支援活動、さらにはグリーフケア・サポートなどです。
同誌には、いつもわが社の理念や活動を紹介していただき、とても感謝しています。


               「ふくおか経済」2010年7月号より


わが社のさまざまな活動も、わたしの講演や執筆活動も、すべては一つの目的のためです。そう、人間尊重思想を広めるという「天下布礼」のためなのです。
これから、さらなる前進をめざして、「天下布礼」の道を歩みたいと思います。
どうぞ、今後とも、応援よろしくお願いいたします!


2010年6月29日 一条真也