「レ・ミゼラブル」

一条真也です。

1月最後の日曜日、小倉は雪がしんしんと降って寒いです。
今日は満月なので、「ムーンサルトレター」の第91信を書いていました。
すると、横浜に住む長女からメールが来ました。


長女は、昨年のクリスマス・イブに映画「レ・ミゼラブル」を観て感動したようです。
最近わたしがブログの番外編を続けてUPしたことを知っている彼女は、「レ・ミゼラブル」のことをぜひブログに書いてほしいとメールで伝えてきました。
本来はブログ休止中であり、余程のことがない限りは番外編を書かないことにしています。本の書評や映画の感想なども一切控えているのですが、わたしも娘には弱いので(苦笑)、今回だけは映画「レ・ミゼラブル」について書くことにしました。
ちょうど、昨夜の「不識庵の面影」でも「レ・ミゼラブル」が取り上げられています
そのブログ記事には、わたしの名前も登場していました。


わたしは、つい最近、この話題の映画を観ました。文豪ヴィクトル・ユーゴーの小説を基に、世界各国でロングラン上演されてきたミュージカルを映画化した作品です。
監督は、ブログ「英国王のスピーチ」の名作でオスカーを受賞したトム・フーパー
主役のジャン・バルジャンには、「X−MEN」シリーズのヒュー・ジャックマン
彼を追う警官に、「グラディエーター」でオスカー俳優となったラッセル・クロウ
さらにコゼットの母親ファンテーヌに、「プラダを着た悪魔」のアン・ハサウェイ
その他にも、「マンマ・ミーア!」のアマンダ・セイフライドなどの豪華キャストが勢揃いして、圧倒的なスケールで舞台を映像へと見事に昇華させています。



レ・ミゼラブル」のストーリーは、よく知られていますね。
1815年、パンを盗んだ罪で19年も刑務所にいたジャン・バルジャンが仮釈放されることになります。すぐに生活に行き詰まった彼は、教会に忍び込み、老司教の銀食器を盗みます。その罪を見逃して赦してくれた司教の心に触れて、ジャン・バルジャンは改心することを誓います。過去を捨てた彼は、仕事に打ち込み、工場主として成功を収めます。そして8年後には市長にまでなるのでした。彼は、不思議な運命によって、以前自分の工場で働いていて、娘を養うため極貧生活を送るファンテーヌと知り合います。バルジャンはファンテーヌの幼い娘コゼットの面倒を見ると約束しますが、自分の正体を知る男ジャベールに追われることになります。ジャベールの執拗な追跡をかわしてパリに逃亡したバルジャンは、コゼットに限りない愛を注ぎ、美しい娘に育てあげます。しかし、時代は風雲急を告げ、パリの下町で革命をめざす学生たちが蜂起し、誰もが激動の波に呑みこまれていくのでした。



原作は150年前も前に書かれています。作者のユーゴーは当初、本作の売れ行きを心配し、出版社に「?」とだけ記した問い合わせの手紙を出し、出版社の担当者からは「!」とだけ記された返事を受け取ったというエピソードは有名ですね。それぞれ「本は売れてる?」「すごく売れています!」を意味しているわけです。この2通は、世界一短い手紙であると言われています。
日本において、『レ・ミゼラブル』は『ああ無情』というタイトルで知られています。
明治35年から36年にかけて、「万朝報」という朝刊紙に作家の黒岩涙香が『噫無情』と題して『レ・ミゼラブル』の翻案を連載しました。その単行本が明治、大正を通じて空前絶後の大ベストセラーになったのです。多くの日本人は『ああ無情』を読んでいるはずですが、その一方で『レ・ミゼラブル』の完訳版を読了した人は少ないでしょう。


わたしから娘に受け継がれた『ああ無情』

福音館書店の『レ・ミゼラブル



わたしも、子どもの頃に児童書の『ああ無情』を読みました。
作家の伊藤佐喜雄が翻案した偕成社版(児童世界文学全集)を愛読しましたが、毎月配本されていた小学館版(少年少女世界の名作)も持っていました。この小学館版ですが、かつて長女の勉強部屋、今は次女の勉強部屋に置いてあります。
また、福音館書店の「古典童話シリーズ」から『ああ無情』ではなく『レ・ミゼラブル』のタイトルで上下巻で刊行されていますが、これも次女の勉強部屋に置いてあります。
福音館書店版は、G・ブリヨンらの挿画がとても美しい本です。


ミュージカル「レ・ミゼラブル」は、1985年にロンドンのウエストエンド、その後ニューヨークのブロードウェイでロングランヒットしました。今回の映画化でも、すべての歌を実際に歌いながらライブ収録する撮影方法など、随所にこだわりが詰まっています。
長女のメールには「ミュージカルはだいたい歌に限られているけど、コレは全部歌だから演技に感情も籠ってる」との映画の感想が記されていました。
たしかに、この映画からミュージカルの魅力、そして歌の力を強く感じます。
ちなみに、長女も次女もミュージカルが大好きで、以前ロンドンで「オペラ座の怪人」を家族で観賞したときには、2人とも非常に感動していました。ミュージカル映画化された「オペラ座の怪人」のDVDも何度も自宅で観ていました。


また、ユーゴーといえば、『レ・ミゼラブル』と並ぶ有名な作品があります。
同じくパリを舞台にした『ノートルダム・ド・パリ』です。
ノートルダム寺院に隠れ住むカシモドの物語は、明らかに後にガストン・ルルーが書いた『オペラ座の怪人』にも影響を与えているように思えます。
考えてみれば、ノートルダム寺院オペラ座といえば、パリを代表する観光名所ですからね。その名所に隠れ住む異形の者が美女に思いを寄せるというストーリーは、『ノートルダム・ド・パリ』と『オペラ座の怪人』に共通しています。
この『ノートルダム・ド・パリ』もミュージカル映画化されました。
そうです、ディズニーのアニメ映画「ノートルダムの鐘」です。
ノートルダムの鐘」は、たしか幼稚園に通っていた長女と一緒に映画館に観に行った記憶があります。あの頃は、ディズニーもジブリも新作映画が公開されるたびに、親子で映画館に行ったものですo( _ _ )o ショボーン



さて、映画「レ・ミゼラブル」を観て、特に感動した場面が2つありました。
1つは、教会の老司教がジャン・バルジャンを救う場面です
せっかく食事や温かいベッドを提供してくれた司教の厚意をバルジャンは仇で返し、こともあろうに教会の銀製品を盗んでしまいます。憲兵に捕らえられ、司教のもとに連行されたバルジャンに対して、司教は「それは、わたしが差し上げたのです」と彼の犯行を否定するのでした。ここには神の存在を信じ、その神の代理人として人々を救うことを誓った者の姿が感動的に描かれています。わたしは、この場面を観て、映画の中の司教が「隣人愛の実践者」こと奥田知志さんに重なりました。


東八幡キリスト教会で奥田知志牧師と



レ・ミゼラブル」には貧困や格差にあえぐ人々がたくさん登場しますが、奥田さんはホームレスの支援活動などを通して、ひたすら困窮者に寄り添って生きておられます。
実際、奥田さんが牧師を務められる東八幡キリスト教会には、凍死や餓死寸前の方々が駆け込んでこられることも珍しくないそうです。
ジャン・バルジャンを救った司教はカトリック、奥田牧師はプロテスタントという違いはありますが、ともに主イエス・キリストのもとに「隣人愛」を発揮するという点では同じです。
奥田さんは、現在、東八幡キリスト教会のすぐ近くに「抱僕館」というホームレスの方々の住居を建設するため、大変な御苦労をされています。
わたしは、この施設は「助け合い」のシンボルとなる予感がします。
これからも、わが社は出来る限りの協力をさせていただく所存です。



来る3月25(月)には、奥田さんが理事長を務めるホームレス支援機構が「就労支援シンポジウム」を開催しますが、わたしもパネリストを依頼されました。場所は、北九州市戸畑区の「ウエルとばた」です。詳しい内容は、また新ブログで告知いたします。
奥田さんとは、ブログ「無縁社会シンポジウム」のイベント以来の共演となります。
あのときは、わたしが奥田さんにパネリストをお願いしました。
今回は、わたしが奥田さんからお願いされました。
お互いにお願いし合って、お互いに助け合う・・・それこそ「互助社会」です。ユーゴーが『レ・ミゼラブル』で描こうとしたのも「隣人愛」に満ちた「互助社会」であったと思います。



もう1つの感動場面は、死にゆくジャン・バルジャンにコゼットが最後に会うシーンです。
「パパ、死なないで」「あと、もう1日だけでも生きて」と泣きながら祈るコゼットの姿が、今月4日に逝去した義父と妻の姿に重なりました。元旦の午後、義父が入院している広島大学病院を家族みんなで訪れ、おせち料理を一緒に食べました。義父もとても元気そうで、まさかその3日後に亡くなるとは思いませんでした。結果的に「最期の別れ」となったわけですが、病室を去るとき、義父とわたしは握手をしました。そのとき、「娘と孫たちをよろしく頼むよ」という義父の気持ちが痛いほど伝わってきました。
義父は6年間に及ぶ闘病生活の末に人生を堂々と卒業していきましたが、その間、娘である妻は毎日、コゼットと同じように父親のために祈っていたと思います。
長女も、義父の通夜の際にバルジャンとコゼットの最期の別れを思い出したそうです。


レ・ミゼラブル』の作家を撃つ、彼方からの声



わたしが感動した2つの場面ともに、キリスト教の強い影響が見られます。
しかし、作者のユーゴー自身が熱心なクリスチャンかといえば、事情は少し違ったようです。というのも、19世紀のヨーロッパ社会においてキリスト教の影響力が弱まっていくのですが、それとともに広まりつつあったスピリチュアリズム心霊主義)にユーゴーは多大な関心を抱いていたからです。実際に、彼は1853年秋から1855年秋にかけて、まるまる2年間も降霊術に明け暮れ、死者との交信を試みていました。
いま、わたしの手元に『ヴィクトル・ユゴーと降霊術』(水声社)という本があります。
著者は稲垣直樹氏は、フランス文学者、京都大学人間・環境学研究科教授です。
わが国におけるユーゴー翻訳の第一人者でもあります。
わたしは、新作『唯葬論』(仮題)を書き始めたところですが、その参考資料として同書を書棚の奥から引っ張り出し、読んでいるところです。『唯葬論』のテーマは「死者と生者との関係」で、わたしの代表作になる予感がします。どうぞ、ご期待下さい!


ヴィクトル・ユゴーと降霊術』には、非常に興味深い内容が書かれています。
アマゾンには、以下のような同書の内容が紹介されています。
「1853年9月、英仏海峡の孤島ジャージー島。ナポレオン3世の迫害を逃れて亡命中のユゴー邸に、死んだ長女の霊が現れた。深く心を動かされた家族とその友人たちは、以後、連日のように、〈彼方の世界〉との交信に没頭する。2年後に、参加者のひとりの発狂によって幕を閉じることになる。この隠されつづけてきたユゴーの降霊会の様相を具体的に再現しながら、ユゴーの文学創造(ひいては文学創造一般)と降霊術との深くかつ根本的な関係を、オカルティズム、スピリチュアリズムの猖獗という時代的文脈とともに鮮やかに描きだした異色の書き下ろし評論」
このジャージー島というのは、二コール・キッドマンが主演した映画「アザーズ」の舞台となった島です。「アザーズ」は、まさに心霊映画の大傑作でしたが、あの陰鬱な島で降霊術に耽っていた文豪の姿を想像すると、なんだか複雑な心境になりますね。



ちなみに、『ヴィクトル・ユゴーと降霊術』には「陸地の人間社会から隔絶した、島という小宇宙、いわば陸地よりも、彼方の世界に近い空間で、ユゴーが生涯でもっとも重要な作品を次から次へと生みだしていった」と書かれています。『レ・ミゼラブル』もしかりで、この作品には降霊術の実験が色濃く影を落としているそうです。
数多く開かれた降霊会には、驚くべきことにかの英雄ナポレオン・ボナパルトをはじめ、古今東西の偉人や有名人の霊が訪れたという記録が残されています。
そのメンバーの豪華さは度肝を抜かれるほどで、宗教者ではモーセイエス・キリストムハンマド、ルターなど。哲学者ではソクラテスプラトンアリストテレスディドロヴォルテール、ルソーなど。文学者ではアイスキュロスアリストファネス、ダンテ、シェークスピア、スコット、バイロンラシーヌモリエールなど。その他にも、ハンニバルガリレオ・ガリレイジャンヌ・ダルクマキャベリロベスピエール楽聖モーツァルトの霊まで登場しているのです。すべてがユーゴー好みの人物の霊であることから、降霊術の正体がユーゴーの無意識の表れであったと判断されても仕方ないでしょう。
さらには、「文明」と称する霊が立ち去る前にユーゴーに対して、「偉大なる人よ、『レ・ミゼラブル』を完成させよ」と告げています。ユーゴーは、この霊の言葉によって、『レ・ミゼラブル』というタイトルを決定したという説が有力だそうです。



ユーゴーは「19世紀の巨人」と呼ぶにふさわしい人物で、文学以外でも多くの功績を残しています。1845年には貴族院議員にも選ばれて、社会の改革、とりわけ死刑廃止を中心とする刑法の改善、教育制度の整備、そして下層の人々の生活改善に取り組みました。1848年の二月革命によって発足した第二帝政のもとでは、パリ選出の市会議員として政治に参画しています。さらには、1992年に実現するEC(ヨーロッパ共同体)の必要性を19世紀の半ばから訴えていました。このように、彼は文学のみならず、政治、福祉、そして宗教や心霊の世界に大きな影響を与えたのです。
その生涯を人間の幸福のために捧げたユーゴーは、ひたすら「人間尊重」を求めた日本の賀川豊彦のように「天下布礼」の人生を歩んだ人だと思います。
わたしが深く尊敬する賀川豊彦については、ブログ『死線を越えて』ブログ『一粒の麦』ブログ『賀川豊彦を知っていますか』ブログ『at』(特集・賀川豊彦)ブログ『賀川豊彦から見た現状』などを参照されて下さい。
そのようなユーゴーが1885年に83歳で他界したときには、フランスで国葬が営まれました。フランス各地方、世界各国の代表、パリ市民などが参列したと伝えられています。その数、なんと、200万人! 人類史上、最も参列者が多いとされる葬儀の1つです。


最後になりますが、ブログを休んでいる間、わたしは多くの映画を観ました。
映画館でも観ましたし、自宅や出張先のホテルでDVDもたくさん観賞しました。
それらのすべてを紹介することはできませんが、最も印象に残った作品は何か。
あえて1本をあげるなら、外国映画では「最強のふたり」です。
月の織女」こと染織家の築城則子先生ご夫妻のおススメで観ましたが、「ケア」というものの本質、そして「人間関係」そのものについても考えさせてくれる名作でした。


それから日本映画では、「希望の国」でしょうか。
ブログ「園子音の世界」で紹介した天才監督の最新作です。
この作品のテーマは「放射能」ですが、リアルな怖さがありました。
そして、そのタイトルの通りに、日本の未来への大きな希望が感じられました。


「財界九州」2月号



わたし自身も、「希望の国」づくりをめざして、冠婚葬祭業や介護業に励みます。
「財界九州」2月号に掲載されたわたしのインタビュー記事では、「(紫雲閣のような)セレモニーホールは精神文化の拠点であり、究極の平和施設」と述べました。新サイト「一条真也の読書館」もしっかり紹介されています。
もうすぐ、本格的にブログも再開する予定です。
新ブログのデザインもアドレスも決定しました。
これからも、よろしくお願いいたします。


2013年1月27日 一条真也