『シアワセのレモンサワー』

一条真也です。

『シアワセのレモンサワー』東陽片岡著(愛育社)を読みました。
著者は、わたしが愛読している漫画家です。社長であるわたしの影響で、わが社にも多くのファンがいるようです。本書は、著書の身辺雑記的なエッセイ集なのですが、読んでいるうちに何だか心がホンワカしてくるような不思議な幸福論でもあります。


大不景気時代の世渡り術



本書の帯には、「東陽先生に根拠のない勇気をもらいました!(40歳・男・失業者)」という読者の声が紹介されており、「場末のハンニバル・レクター東陽片岡が贈る大不景気時代の世渡り術」と書かれています。どうやら、お金がなくとも世間を渡ってゆくためのヒントのようなことが書かれている本のようです。



本書は、第一章「一人遊び」、第二章「私の経歴」、第三章「シアワセのアイスコーシー」、第四章「カナシミのレモンサワー」、あとがき「やっぱしシアワセのレモンサワー」という構成になっています。第一章「一人遊び」の最初は「酒」というエッセイが掲載されていますが、その冒頭で著者は次のように書いています。
「私の酒の飲み方は、まずはレモンサワー、もしくはホッピーです。
つまみは焼き鳥のネギ間をタレで3本。他は特にいりません。
ビールなんてものはあまり飲みません。
あれは小便になるのが早く、しみじみ演歌を聞きながら飲むものではありません。
最近、居酒屋に演歌が流れなくなったのは寂しいことです。
私は基本的に演歌が流れる居酒屋に飲みに行きます。
メニューはその日仕入れたものを手書きで書いた店が理想ですが、新鮮な刺身を出すような高級な居酒屋には行きません。新鮮な刺身を出す高級居酒屋で9000円使うのならば、3000円で飲める居酒屋に3回行きます」
・・・・・とまあ、こんな内容が延々と続きます。「どうでもいいようなこと」のようにも思えますが、これが途中で読むのをやめられないほど面白いのです。


天下の奇書『レッツゴー!! おスナック



この「酒」というエッセイの最後は、次のように書かれています。
「はじめて酒を飲んだのは高校2年の時でした。人からもらったウイスキーを1本飲んで翌日はひどい二日酔いで学校を休みました。吐きまくりました。
1人で居酒屋に行くようになったのは27歳、包茎手術をした後です。
スナック放浪は30過ぎからもう20年以上続いています」
なんだか、しみじみとする文章ですね。著者は、スナック放浪の経験を生かして、奇書として名高い『レッツゴー!! おスナック』(青林工藝舎)を書き上げます。



著者の趣味は、サラリーマンの格好をすることだそうです。
著者は一度も会社員生活をしたことはありませんが、なぜかサラリーマンに憧れています。ときどき、パリッとしたスーツを着てネクタイを締め、空の手提げカバンに新聞を差して、サラリーマンの聖地である新橋に行くそうです。そして、新橋の安酒場で本物のサラリーマンに混じって酒を飲みながら「日刊ゲンダイ」を読んだりするとか。
著者は、「サラリーマンごっこ」というエッセイで次のように書いています。
「もともとスーツを買ったのはテレクラで待ち合わせた女性に好印象をもっていただくためでした。テレクラにあきるとスーツを着る必要がなくなったわけですが、もったいないからそのままサラリーマンごっこをはじめたわけです。
サラリーマンごっこの楽しさを知り、スーツは紳士服店で何着か揃えました。
時計もサラリーマンらしいセイコーの1万円のものを買いました。
クリーニング屋にもちゃんと出してます。
サラリーマンごっこは、いつも1人でやるわけではありません。
ときどき、知り合いの編集者やデザイナーがスーツ姿になって、私の部下になることもあります。サラリーマンごっこに参加する女性は当然のことながらOLです。そのうち大企業なみの人数でサラリーマンごっこをしながら忘年会でもやろうかと考えています」



サラリーマンごっこをしながら、酒を飲む著者はいろんな面白い人に出会います。
「歌謡ショー」というエッセイでは、次のように書いています。
「サラリーマンごっこをしていると、一人酒をしているおじさんと隣合わせ、さっそく話がはじまりました。
『僕はね「頑張れ」なんて人に言わないの』
『たしかに「頑張れ」というのは微妙に照れが在りますね』
『そうそう。だから僕はね、人を励ます時はいつも「踏ん張れ」って言うんだよね』
こういう味わい深い話が聞けるのも居酒屋で1人で飲んでいる酔っ払いのおじさんならではです。酒に酔ってこういう話をするおじさんはいい人間に決まっていて安心して話を聞いていられます。
『お風俗に行き、サービスをはじめる前に女の子がよく「頑張ろっか」と言いますけど、私はあれも非常にいいと思います』
『うん、そうそう。しかし、風俗の女の子たちは体をはって踏ん張ってるよなあ』
私のような人間がこんなに素晴らしい会話を楽しめるのはサラリーマンごっこのおかげです」
いやはや、「頑張れ」に代わる応援言葉としての「踏ん張れ」には感動しました。
それ以来、わたしもことあるごとに、社員などに「踏ん張れ」と言っています。



考えさせられたのは、「飲酒文化が廃れていく」というエッセイです。
居酒屋やスナックをこよなく愛する著者は、次のように書いています。
「しみじみ考えれば、この不景気なご時世にアパートで暮らせ、蒲団で眠りメシが食えるだけで御の字です。世の中には病気やケガで入院している人がたくさんいる訳ですから、こうしてたまに居酒屋でレモンサワーを飲めるだけでシアワセなのです。
町からどんどん居酒屋やスナックが消えていきますが、経営者のみなさんもきっと大変辛い思いをしていることと思われます。
居酒屋やスナックが廃業においやられるのは、団塊の世代が続々と定年退職を迎えたのも原因の1つだと考えられます。さらに交際費の削減もあります。
みんな自分の金で飲むのは嫌なのだということがよくわかりました。
これからますます外飲み文化が廃れていくのはまったくもって悲しむべきことです。
現役を無事引退した方々が、会社の金を使えなくなったから飲むのをやめて家にいるのではなく、退職金や年金や貯金でマイペースに酒を飲む方が楽しいことに気付けば大分景気は回復するような気もします」
わたしは、この文章を読んで、なんだか寂しくなってきました。
地元の小倉でも、行きつけだったスナックが次々に閉店しているからです。
「ミューゼ・ド・イー」も、「ルパン」も、「レパード」さえもなくなりました。
10年前に比べたら、本当に行く店がなくなってしまいました。寂しいです。
ブログ「スナック ふれあい」にも書いたように、スナックは日本独自の文化なのに、このままでは絶滅してしまうかもしれません。
文化庁かどこかで、スナックの保護政策が図れないものでしょうか?


著者の東陽片岡さんとカンパイ!



ブログ「荒木町」に書きましたが、著者とはお会いしたことがあります。
マンガに掲載されている写真そのままのお姿でした(笑)。
名刺を交換すると、厚紙の名刺には「漫画・挿絵業 東陽片岡」と書かれていました。
著者とは荒木町の「グレース」というスナックでお会いしましたが、今度はぜひ新橋の居酒屋で会いたいです。そして、著者はタレ、わたしは塩で焼いた焼き鳥をかじりながら、しみじみとシアワセのレモンサワーを一緒に飲みたいです。
もともと、レモンサワーはシャンパンと並んで、わたしの一番好きな飲料であります。
わたしがチョー貧乏になってシャンパンとは無縁の人生になったとしても、きっとレモンサワーぐらいは飲めるでしょう。よく考えれば、酔っ払っちまえばシャンパンもレモンサワーも味などわかりゃしません。どちらも透明の炭酸アルコール飲料ですしね(微苦笑)。
わたしは、これからもシアワセのレモンサワーを飲みながら、素晴らしき東陽片岡ワールドを楽しみたいと思います。もう、たまらん!(笑)


素晴らしき東陽片岡ワールド。たまらん!


2012年3月10日 一条真也

孤立死と孤独死

一条真也です。

タレントの山口美江さんが亡くなったというニュースには驚きました。
「あ〜、しば漬け食べたい」とつぶやく漬物のCMでブレークした人です。
「CNNヘッドライン」のキャスターとして活躍していた頃は、わたしもファンでした。


51歳だった山口さんは、今年2月から、めまいや動悸など体調不良を訴えて通院していたそうですが、病状が急変し、心不全のため横浜市内の自宅で亡くなったとか。
山口さんは7日に亡くなった模様ですが、8日午前、自宅で亡くなっているのを親族が発見したそうです。いわゆる「孤独死」ということになります。故・大原麗子さんに続いて、国民的美女がまた1人、誰にも見取られずにこの世を去ったのです。


朝日新聞」3月10日朝刊



ここ数日、「孤立死」という文字が新聞やテレビに躍っています。
3月7日、東京都立川市認知症の90代の母親と60代の娘とみられる遺体が見つかった事件がきっかけです。今年に入ってから同じような事件がたくさん起きています。
1月20日、札幌市で42歳の姉と知的障害のある40歳の妹の遺体を発見。
2月13日、立川市で45歳の母親と知的障害のある4歳の息子の遺体を発見。
2月20日、さいたま市で60代の夫婦と30代の息子の遺体を発見。
今朝の「朝日新聞」には、「孤立死防げ 自治体動く」が特集されています。



朝日のリード文には、「高齢者らがだれにも気づかれずに亡くなり、何週間もたってから見つかる『孤立死』が相次ぐ。そんな中、民生委員や町会に住民の個人情報を提供し、地域とのかかわりが乏しい人を見つけ、必要な支援につなげる取り組みを始めた自治体がある」と書かれています。
そして、以下のような自治体の取り組みが紹介されています。
東京都中野区では、「地域支えあい活動の推進に関する条例」にもとづいて、同意がない人を除き、氏名、住所、年齢などを載せた名簿を希望する町会に知らせている。
横浜市では、一人暮らしの高齢者の個人情報を民生委員と地域福祉の総合窓口である地域包括支援センターに提供し、見守りに役立てるモデル事業を始めた。
神奈川県相模原市では、民生委員の協力を得て、戸別訪問を始めた。
以上のような取り組みが、それぞれ詳しく紹介されています。


無縁社会シンポジウム」のようす



ここで気づくのは、「民生委員」という存在の大きさです。「無縁社会」などと言われる現在、独居老人などの孤立死を防ぐ民生委員の役割は大きくなる一方です。
ブログ「無縁社会シンポジウム」で紹介した新春座談会でも発言しましたが、孤立死が増加する原因の1つは「民生委員制度」が機能しなくなったことではないでしょうか。
高齢単身者がどのような生活状況、あるいは健康状況にあるかを監視するのが、地域の民生委員の役割です。この民生委員制度がうまく機能していないのです。
民生委員制度の発端は大正7年(1918年)の大阪府における方面委員制度に始まるそうです。重要なことは、方面委員は無報酬の名誉職だったことです。天皇の御聖慮による名誉職だったので、誰も不満は言いませんでした。しかし戦後になって、昭和21年(1946年)に民生委員制度として再発足したときにも無報酬が引き継がれてしまったのです。名誉職的な色彩が薄くなったことにより、高度成長期の民生委員は自営業者が減少し、引退者や主婦が増加したそうです。
でも、今や民生委員を引き受ける人間はどんどん減る一方です。
日本経済学会会長の橘木俊詔氏は、ブログ『無縁社会の正体』で紹介した著書で「民生委員の仕事に対して俸給を支払うことを考えてよい」と提案されています。
この橘木氏の提案には、わたしも大賛成です。さらに、わたしは質の良い民生委員の数を一気に増やし、孤独死を激減させるアイデアを持っています。


「民生委員の民間委託」を提案しました



わたしは、行政が困っているときは民間に委託すべきであると考えています。
これは郵便局の事業の一部をヤマト運輸などの宅配便業者が行ったり、警察の仕事の一部をセコムなどの警備業者がやるのと同じようなこと。
つまり、行政サービスの民間委託ということですね。それで、民生委員が少なくて困っているのなら、互助会業界に任せてくれたらどうかなと思っています。
互助会には、営業員がたくさんいます。それなら、例えばその営業員さんが独居老人のお宅の数を控えておいて、時々訪問する。行政からそういう委託を受け、互助会が老人宅を訪問して安否確認を行えば、これは相互扶助の機能を発揮すると共に、互助会そのもののイノベーションになるのではないかという気がしています。
世のため人のためになって、互助会そのものもインベーションを図れるというわけです。
この「民生委員の民間委託」というアイデアを「無縁社会シンポジウム」で初めて披露したところ、大きな反響がありました。



さて、ひとり誰にも看取られずに亡くなることを「孤独死」と呼んだり、「孤立死」と呼んだりします。ここ数日の報道では、圧倒的に「孤立死」という言葉が使われていました。
厚生労働省では、07年から「孤立死防止推進事業」を開始しました。
なぜ、「孤独死」ではなく「孤立死」という名称にしたかというと、一人暮らしでなくても高齢者夫婦のみの世帯や、要介護の高齢者(親)と中年の独身男性(子)の世帯など、社会的に孤立した人々をも対象に含めるからだそうです。


孤独死講演会」のようす



これに対して異を唱えているのが、「孤独死の防人」こと千葉県松戸市常盤平団地自治会長である中沢卓実氏です。「孤独死」の問題への取り組みについて世間から注目され、また国にも方策を提言するなど積極的に活動している方です。
ブログ「孤独死講演会」に紹介したように、2010年7月27日、わたしは中沢氏とともに「孤独死に学ぶ互助会の使命(ミッション)とは」という講演を行いました。
中沢氏は「孤独死という名称で社会問題として認知・定着しているのに、なぜ今さら孤立死と言い換えるのか」と疑義を呈しておられるそうです。
常々、法律的観点のみから言葉というものを考える役人的言語感覚に戸惑っているわたしとしては、中沢氏の意見に賛成です。


「まつど孤独死予防センター」で、中沢氏と



孤独死の背景には、さまざまな原因があります。
たとえば、現代社会そのものが抱える高齢化、世帯の単身化、都市化などの問題。
離婚や未婚の増加、少子化。リストラ、リタイア、病気、障害などによる失業。
精神障害認知症、アルコール依存、うつ、引きこもり。
暴力やギャンブルや借金などによる家庭の崩壊。
そして、貧困。数え上げれば切りがありません。
まさに、これらの諸問題を1つづつ解決する方策が求められます。



ブログ『ひとり誰にも看取られず』で紹介した本では、今あげた孤独死の背景にある多くの問題を紹介した後、次のように書かれています。
「しかし、見方を変えれば孤独死の原因はただ1つ、『孤独』である。孤独死を解決する方法は、『孤独にさせない』『孤独にならない』この2つに尽きると言うこともできる。そのために重要なのは、月並みではあるがやはり人と人との交わり、コミュ二ティーだ。」
わたしも、この意見に全面的に賛成です。ですから、わが社は人と人との交わりである「隣人祭り」開催のお手伝いに励んでいるのです。



そして、最大の問題とは、孤独死を問題視しないという態度です。
日本女子大学教授の岩田正美氏によれば、「どうして孤独死が問題なの?」と考えること自体が問題なのです。個人主義や自立主義の蔓延と言ってしまえばそれまでですが、わたしには想像力を失くした人が多くなってきたからだと思います。
何の想像力か。それは、「死者は自分の未来である」という想像力です。
死ぬのはあくまでどこかの他人であるという「三人称の死」しかイメージできない者が多すぎます。彼らは、自分の愛する家族が死ぬという「二人称の死」、あるいは自分が死ぬという「一人称の死」をイメージできないのです。
『ひとり誰にも看取られず』の最後には、次のような岩田氏の言葉が紹介されています。
「死を概念的にしかとらえず、『放置された死』がどういうものか知らないことも大きい。ウジがわき、ひどい臭いを放つ姿になった自分を、赤の他人に見られる。遺品もすべて他人の手に委ねられる。そして、それを処理する人の迷惑。孤独自体は悪ではないし、孤独という言葉に日本人は美学を感じてしまいます。しかし現実の孤独死は、美学とはほど遠いものなのです」



昨今は、孤独死を問題視しないどころか、「孤独死こそ、日本人にとって理想の死である」といった孤独死肯定論まで登場しています。そのような言葉遊び、概念遊びを見るにつれ、「日本人の精神も危険水域に入ったな」と思います。
「死」に対する想像力を育てること、自分が死んだときの姿や葬儀の様子を具体的にイメージすること、そこからすべては始まります。
大量の死者を生んだ「東日本大震災」から1年を経て、日本人の「死」に対する想像力は少しは豊かになったのでしょうか。
最後に、山口美江さんをはじめ、ひとり誰にも看取られずに亡くなられたすべての方々の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。


2012年3月10日 一条真也