『イノベーションと起業家精神』

一条真也です。

執筆中だった『隣人論』(仮題、三五館)をついに脱稿しました。
全部で426枚。「無縁社会」や「隣人祭り」についての考えはすべて書きました。
昨年から準備をしていたのですが、ここ最近の高齢者の所在不明や幼児置き去り死事件などに触れ、「一刻も早くこの本を世に出さねば!」という想いが強まり、今月に入ってから一気に書き上げました。ここ数日は平均4時間ぐらいの睡眠時間でしたが、なんとか脱稿できて安堵しています。
これまでは本を書き上げるたびにハリーとフリスビーをしてきました。
その儀式ができなくなり、「そうか、もう君はいないのか」という心境です。
せめて、今夜はもう一つの儀式であるシャンパンを飲みたいと思います。



さて、『新訳 イノベーション起業家精神』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳(ダイヤモンド社)を再読しました。1985年に刊行され、1997年に「ドラッカー選書」として日本版新訳が出ており、わたしはこれを読みました。
ただし、現在では2007年に「ドラッカー名著集」としてさらに新版が出ています。
新版では、タイトルも『イノベーションと企業家精神』に変更されています。


                     その原理と方法


本書は、今やイノベーション起業家精神についての最高のバイブルです。
ドラッカーによれば、イノベーション起業家精神には原理と方法があり、才能や気質ではないといいます。その原理とその方法を示しているわけですが、起業家の性格や心理についてではなく、その姿勢と行動について述べています。
ドラッカーは、経済と社会の歴史において、アメリカにおける起業家経済の出現こそは最も希望に満ちた現象だととらえました。
イノベーション起業家精神は、才能やひらめきなど神秘的なものとして議論されることが多いようです。しかし、それは体系化することができ、しかも体系化すべき課題、すなわち体系的な仕事としてとらえることができるのです。
そして、ドラッカーは組織に働く人たちの仕事の一部として提示します。



ドラッカーは、本書の「まえがき」で次のように述べます。
「本書は実践の書である。ただし、ハウツーではない。何を、いつ、いかに行うべきかを扱う。すなわち、方針と意思決定、機会とリスク、組織と戦略、人の配置と報酬を扱う」
本書はイノベーション起業家精神を、イノベーション、企業家精神、戦略の3つに分けて論じています。これらは、いずれもイノベーション起業家精神の「側面」であって、「段階」ではありません。
イノベーションの部では、目的意識にもとづいて行うべき一つの体系的な仕事としてイノベーションを提示します。
起業家精神の部では、ドラッカーイノベーションの担い手たる組織に焦点を合わせます。そこでは、3種類の組織、すなわち既存の企業、社会的機関、ベンチャー・ビジネスにおける起業家精神を扱います。
戦略の部では、現実の市場において、いかにイノベーションを成功させるかについて述べています。市場で成功しなければ、いくら新奇性、科学性、知的卓越性があっても意味がありません。



ドラッカーは、次のように述べます。
起業家精神は、科学でもなければ技でもない。実務である。もちろん知識は不可欠である。本書はそれらの知識を体系的に提示する。しかも、医学やエンジニアリングなどほかの実務の知識と同じように、起業家精神にかかわる知識は、目的を遂行するための手段である。したがって、本書のような著作は実例による裏づけがなければならない」
この言葉の通り、本書はさまざまな実例に満ちています。まさに「実践の書」です。
この他に、ドラッカーイノベーション起業家精神を経済との関わり、および社会との関わりにおいても論じており、読み応え満点です。
わたしは、かつて世界初の複合高齢者施設をつくるというイノベーションに際して、本書を熟読した思い出があります。
まだ読まれていない方は、ぜひ、お読み下さい。


2010年9月4日 一条真也