『狗神』

一条真也です。

狗神坂東眞砂子著(角川文庫)を読みました。
死国』と同じく、土俗的雰囲気の中で不気味な物語が展開されてゆく傑作ホラーです。
また、『死国』と同様に映画化されたことで知られます。
映画では、天海祐希渡部篤郎が主演しました。


                    「血」の悲劇の物語


この物語の主人公は、高知の山里で暮らす坊之宮美希という41歳の女性です。
彼女には過去の辛い思い出があり、それに縛られたために恋も人生も諦めました。
そして、四十路を迎えた美希は、高知の山里で和紙を漉く日々を送るのです。
美希の一族は村人から「狗神筋」と忌み嫌われていますが、それでも平穏な日々が続いてゆくはずでした。そんな時、美希の前に晃という25歳の教師が現れます。
美希と晃は、互いの心の中に同じ孤独を見出して惹かれ合っていきます。
そして二人が結ばれた時、狗神が目覚めて、「血」の悲劇が幕を開けるのです。
信じられないような悪夢が村人を襲い、物語は衝撃のラストへと向かっていきます。
土佐の犬神伝承をもとにしながら、著者の卓越した筆力で描き切っており、「傑作伝奇小説」と呼べる1冊です。


最近、「犬神の悪霊」という和製オカルト映画をDVDで観たのですが、この作品も 「狗神筋」としての抗しがたい運命を悲劇として描いていました。
横溝正史の『犬神家の一族』なども、直接「狗神筋」の問題を描いてはいませんが、「呪われた血」というテーマは共通しています。
じつは、わたしは日本の怪奇小説やホラー映画に、「狗神筋」とか「近親婚」とか「村八分」とか「孤島の奇祭」といったテーマがよく出てくることが気になっていました。
それらのテーマを扱った作品は、例外なく都会人の偏見や差別に満ちています。
ある意味で、日本民俗学が追求した「負」の一面に通じるのかもしれません。
すなわち、「血縁」というものを非常にネガティブに取り上げているわけです。


というわけで、安易に「狗神筋」を素材にして、面白おかしく書いているのなら嫌ですが、本書『狗神』は、自身の運命を見つめる美希の苦悩や悲しみといった内面がよく描けていました。読んでいくにしたがって、物語の森の中に深く入り込んで、なかなか出てこれません。著者の文章は非常に読みやすく、何度も「うまい」と唸らされました。
良きにつけ悪しきにつけ、「血のつながりとは何か」を考えさせられる小説です。


                     映画「狗神」のDVD


2011年6月1日 一条真也