『幽談』

一条真也です。

盆には、幽冥界の物語が読みたくなります。
そこで、『幽談』京極夏彦著(メディアファクトリー)を読みました。
怪談専門誌『幽』に連載されていた作品を中心に、8つの短編が収められています。
「怪談」ではなく「幽談」ということですが、たしかに普通の怪談とは違う印象でした。


              8つの幽談を描いた、京極夏彦の別天地。


著者は、現代日本を代表する人気作家の1人ですが、年齢がわたしと同じです。
他にも、重松清宇月原晴明朱川湊人酒見賢一リリー・フランキーといった同い年の面々がいて、わが学年が出版界を賑わせているのですが、中でも著者・京極夏彦氏の大活躍には目を見張るものがあります。
デビュー当時は、とにかく分厚いソフトカバー本にびっしりと小さい活字が埋まっている小説を書いていました。わたしも、『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』『絡新婦の理』ぐらいまではフォローしていたのですが、その後はとんと御無沙汰していました。本書で、じつに久々に京極本を読みました。



本書には、「手首を拾う」「ともだち」「下の人」「成人」「逃げよう」「十万年」「知らないこと」「こわいもの」という次の8つの短編が収められています。
一読して、初めて読むにもかかわらず「なつかしい」と思えるような話が多かったです。
最初の「手首を拾う」は、明らかに川端康成の「片腕」へのオマージュだと思います。
次の「ともだち」は荻原朔太郎の「猫町」に、さらに「十万年」は夏目漱石の「夢十夜」に雰囲気が似ていると思いました。そして、これは全編を通じて言えることですが、内田百輭の「冥途」のイメージが漂っていました。


                 パロル舎の幻想名作シリーズ


まるで、近代日本における幻想短編の名作オンパレードといった感じです。
いずれも、わたしが愛読している作品ばかりで、嬉しくなってきます。
年齢が同じだけあって、著者とはその読書体験も似ているのかもしれません。
猫町』『夢十夜』『冥途』などは、金井田英津子氏の画と造本で、パロル舎から新装版が刊行されています。本書『幽談』にも金井田氏のイメージがしますが、実際は著者の京極氏が手がけています。
アートディレクターとしても活躍している著者の美意識が滲み出ています。
まるで大正時代の文豪の初版本のような趣があり、魅力的です。正直言って、わたしがもし小説家になっていたら、「こんな本を出したかった」と思える1冊です。



それぞれの作品は、とりたてて怖いということはありません。
しかし、日常世界に裂け目ができて、異界を覗いているような感覚はありました。
それから、奇妙なことに、本書は読んでいて眠くなる本でした。
本書はハードカバーで約270ページ、これぐらいの分量なら、わたしは1時間半ぐらいで一気に読むのですが、本書を読んでいるとき何度も睡魔に襲われて、読書を中断。
読み終えるのに、わたしとしては信じられないような長い時間を要してしまいました。



ふつう、読んで眠くなる本というのは、内容が面白くない本です。
でも、本書の場合はちょっと違うのです。内容は面白いのです。
でも、内容は面白いのに、なぜだか眠くなってしまうのです。
それは、ちょうど声の良い僧侶が読み上げるお経を聴いたときに似ています。
そういえば、著者の京極夏彦氏もじつに良い声をされています。
その京極氏ですが、なんと少年時代は僧侶に憧れていたそうです!
あの声で本書を朗読されたら、集団催眠ならぬ集団誘眠も可能かも・・・。
まあ、読んで眠くなるところが、怪談ならぬ幽談の特徴なのかもしれませんね。


2011年8月14日 一条真也