『論語』

一条真也です。

先日、事業承継フォーラムのパネリストを務めました。
そのとき、わたしは、社長就任直後のことを思い出していました。
38歳で社長になり、無我夢中で激動の毎日を駆け抜けました。
そして、40歳になる直前のこと。
不惑の年を迎えるにあたり、何をすべきかといろいろ考えたのです。
不惑」なる言葉が『論語』に由来することから、『論語』を精読することにしました。
冠婚葬祭を業とする会社の社長になったこともあり、根本思想としての「礼」を学び直したいという考えもありました。 学生時代以来久しぶりに接する『論語』でしたが、一読して目から鱗が落ちる思いがしました。当時の自分が抱えていた、さまざまな問題の答えがすべて書いてあるように思えたのです。
伊藤仁斎は「宇宙第一の書」と呼び、安岡正篤は「最も古くして且つ新しい本」と呼びましたが、本当に『論語』一冊あれば、他の書物は不要とさえ思いました。


                      宇宙第一の書


そこで、40歳になる誕生日までに『論語』を40回読むことに決めました。
それだけ読めば内容は完全に頭に入るので、以後は誕生日が来るごとに再読する。
つまり、私が70歳まで生きるなら70回、80歳まで生きるなら80回、『論語』を読んだことになります。
何かの事情で無人島などに行かなくてはならないときには迷わず『論語』を持っていくし、突然何者かに拉致された場合にも備えて、つねにバッグには『論語』の文庫本を入れておく。こうすれば、もう何も怖くない。何も惑わない。
何のことはありません、わたしは「不惑」の出典である『論語』を座右の書とすることで、「不惑」を実際に手に入れたのです。



論語』には「君子」という言葉が多く登場します。
君子は小人に対して用いられ、初めは地位のある人を意味しましたが、後には有徳の人を指すようになってきました。
孔子ももちろんその用法に従っていますが、重要なことは君子はいわゆる聖人とは異なるということです。
現実の社会に多く存在しうる立派な人格者であり、生まれつきのものではない。憲問篇に「君子は上達す」とあるように、努力すれば達しうる境地、それが君子なのです。そこで『論語』において君子という場合には、願望の意が込められていることが多いのです。
君子に関する記述をつなぎあわせていくと、『論語』とは古代中国のマネジメント書でもあったことがわかりました。20世紀のマネジメントの巨人であるピーター・ドラッカーが提唱した時間活用のタイム・マネジメントや、「知」を重視したナレッジ・マネジメントなどの原型を『論語』に見ることができます。
逆に言えば、世界初の経営書とされる『経営者の条件』をはじめとして一連の著書でドラッカーが説き続けた「人間尊重」の経営者像とは、限りなく君子のイメージに重なってくるのです。孔子は古代のドラッカーであり、ドラッカーは現代の孔子であると言えるかもしれません。理想の政治を説いた孔子、理想の経営を説いたドラッカー・・・ともに、社会における人間の幸福を追求したのですね。



儒教とか君子とかいうと、堅苦しくストイックな印象があるかもしれませんが、孔子は大いに人生を楽しんだ人だったと思います。
論語』には「楽しからずや」とか「悦(よろこ)ばしからずや」といったポジティブな言葉が多く発見できます。
仏典や『聖書』には人間の苦しみや悲しみは出てきても、楽しみや喜びなど見当たりません。『論語』にポジティブな言葉が多いのは大いに評価すべき点でしょう。
音楽を愛し、酒を飲み、グルメでファッショナブルだった孔子。そのうえ、2500年後の人間の心をつかんで離さないほど「人の道」を説き続けた孔子。『論語』に出てくる孔子は完全無欠な聖人としてではなく、血の通った生身の人間として描かれているのです。 孔子が人類史上最大の「人間通」とされた秘密もそこにあったように思います。
何よりも、孔子は人間らしい人間だったのです。
これからも、わたしは『論語』を何度も読み直して、少しでも「人間通」になりたいです。
誕生日が訪れるたびに『論語』を読めば、老いるほど豊かになれる気がします。



さて、わたしは北陸大学孔子学院」の開学記念講演の講師として2006年8月に招かれ、2008年4月からは同大学の未来創造学部客員教授として、「孔子研究」の授業を担当させていただいています。

学生さんたちの中には、多くの中国人留学生の人たちもいます。
中国の若者たちに『論語』についての講義をさせていただくことは、孔子に対する最大の恩返しだと思っています。
学生さんたちに「礼」の精神を説くことは、わたし自身、大変良い勉強となっています。何よりも、尊敬する孔子の教えを若い方々に伝えられる幸せに心から感謝しています。


                    「孔子研究」の授業風景


2010年3月13日 一条真也