『世界一の庭師の仕事術』

一条真也です。

『世界一の庭師の仕事術』石原和幸著(WAVE出版)を読みました。
ブログ「手紙」で紹介したわが社のフューネラル・ディレクターである進藤恵美子さんからプレゼントされた本です。


                路上花屋から世界ナンバーワンへ


著者は、長崎生まれのランドスケープアーティストです。
大学卒業後、「池坊」に入門し、生け花を学びました。
花の魅力にとりつかれ、地元の長崎で路上販売から生花店をスタート。
東京に進出し、大手商社と組んでフライチャイズ・ビジネスを展開するも、8億もの借金を抱えて2年で撤退することに。
長崎の会社そのものも倒産の危機に直面し、著者は失意のどん底にありました。
しかし、英国の国際ガーデニングショー「チェルシー・フラワーショー」への挑戦を思いつき、初出展でシルバーギルトを受賞します。
その後、2006年〜2008年には、史上初となる3年連続ゴールドメダル受賞という快挙を達成します。今年も、つい先日の5月26日にシルバーギルトを受賞したそうです。



本書の読みどころは、路上販売から長崎一の花屋さんになるサクセス・ストーリーの部分ではなく、やはり事業に失敗してからの失意の日々です。
ガーデン大国イギリスで最も権威のある「チェルシー・フラワーショー」に出て、ゴールドメダルを取る。これは、いわば一発逆転の発想です。
多くの人は、一発逆転で起死回生を図ろうとしますが、それほど世の中は甘くありませんね。しかし、著者は見事に成功し、運命をひっくりかえしました。
チェルシー・フラワーショー」への出展は、大きな一歩を踏み出した瞬間でした。
著者によれば、「とり憑かれるほどのものに出会えたのは、すべての状況が重なった結果かもしれません」として、次のように書いています。
「借金を背負って丸裸になれたこと、この二年間、借金返済のためだったとはいえ『庭でお客さんを喜ばせなければならない』と必死でつくり続けてきたこと、枯れかけた心が熱くなれる何かを求めていたこと・・・・・。それらが、すべてつながった。」
こういう運命的な出会いは、わたしにも経験があります。
わたしも絶望的な状況の中で借金を返済し続けていたとき、『論語』やドラッカーの著作に出会いました。それらの出会いは、著者がいうように、「偶然であると同時に、必然でもあった」のでしょう。



何よりも、座して死を待つことなく、絶望の中で「世界一になってやる」と思ったことが素晴らしいと思います。
家族や社員をはじめ周囲が反対する中で、著者は「花屋のつくった庭で、町おこしをしていきたいんだ。そのためには、箔をつけなくてはならない。野球の野茂英雄投手が、大リーグへの道を初めて切り拓いたように、僕が世界のガーデニングへの道筋をつけたいんだ。今、世界に通用するガーデナーは日本にいない。だからこそ、エリザベス女王からゴールドメダルをもらって世界一になるまで、ぼくはチャレンジする。誰もが世界一と呼ぶ会社にならないと、いけないんだ」と夢を語り続けました。
そして、見事にそれを実現しました。
夢を追い、新たな世界にチャレンジする経営者は多いです。
たとえば、ホノルル・マラソンの完走とか、トライアスロン大会やラリーへの出場とかを目指す経営者がたくさんいます。
もちろん、それらの挑戦も意義のあることなのでしょう。
しかし、著者のすごいところは、新しいチャレンジが、そのまま会社のイメージアップ、ひいてはグレードアップに直結したところです。
つまり、自分の幸福と会社のメリットをリンクさせたのですね。
著者は、「経営者であるぼくにとっては、夢=戦略です。ゴールドメダルを取って、世界一になるのが夢だと言いながら、同時にそれは経営者としての戦略でした」と率直に述べています。
そして、「夢は人に語ることです。言い続ければ、必ず近いところには行けます。そして実現できるのです。ぼくは世界一にだってなれました」とも言っています。



わたしも、今年になって「無縁社会」と「葬式無用論」のことばかり考えていました。
また、周囲の人々にも、この二つの問題は同根で、その背景には「コミュニテイの崩壊」と「人間関係の希薄化」があるのだと説いていました。
自分が何とかしなければと強く念じていたのですが、先日、NHKのスタジオで『葬式は、要らない』の著者である「葬式無用論」の代表者である島田裕巳氏と「無縁社会」について討論している場面で、非常に不思議な感覚にとらわれました。
すなわち、「自分は、いま現在のこの場面をずっとイメージし続けてきたのだ」というデジャヴ(既視感)のような感覚です。
考え続けていれば、またそれを周囲に言い続けていれば現実化するというのは本当なのです。



著者も、周囲の人々に「世界一のガーデナーになる」と宣言し続けたことによって、著者は実際にゴールドメダルを取ります。
それだけでなく、「世界一」という称号を得た彼のもとには多くのビジネスが舞い込み、再び東京にもオフィスを開いて、ユニークなバーやカフェを青山などで展開しています。
まさに、著者は「願望は実現する」という「引き寄せの法則」を地で行ったような観があります。しかし、世に多く出回っている「引き寄せの法則」関連本などは、個人の欲望の実現ばかりを謳っているのが気になります。そこには、自分が幸せになりたいという「夢」だけで、世の人々を幸せにしたいという「志」が感じられないのです。
でも、著者の場合は違うようで、次のように述べています。
「抱いた夢が私利私欲ではなく、心から『世の中が必要としている』と思える夢なら、可能性は必ずあります。なぜなら、世の中から消えてなくなるものは、世の中から必要とされていないものだからです。」
「必要とされている夢ならば、その夢の一部に自分もかかわりながら、その仕事で食べていけるようになれるのです。」
もはや、著者が「夢」と呼んでいるものは「志」でもあることは明白でしょう。
著者の「夢」は「志」につながっていたのです。



最後に、本書には「コミュニティ・ガーデン」というものが紹介されています。
民族紛争が激化し、多くの犠牲者を出したボスニア・ヘルツェゴビナで「コミュニティ・ガーデンプロジェクト」が盛んに行われているとか。
1992年から3年半にわたって、もともとは平和に暮らしていたセルビア人、クロアチア人、ムスリム人が領土を巡って殺し合いました。
そんな中で、ひとつの畑が人々の憎しみを流し去ったというのです。
戦争で食べ物がなくなったとき、それまで殺し合っていた人々が、ひとつの畑で野菜をつくり始めたそうです。
そして、協力し合ううちに、再び人々が結びつきを深めたというのです。
食べ物を一緒に栽培する中で、心がつながり、仲良くなれたのです。
いま、サラエボには10を超えるコミュニティ・ガーデンが存在し、そこには民族を超えた人々が一緒にいるそうです。
わたしは、人間の本能とは「排除」や「闘争」ではなく、「相互扶助」にあると信じます。
このコミュニティ・ガーデンという考え方に、非常に興味を抱きました。
直感的に、「無縁社会」を乗り越えるヒントが隠されているような気がします。


2010年5月31日 一条真也