親ががんになった子の心

一条真也です。

東京に来ています。
明日は、いよいよ自殺の公開フォーラムで「隣人祭り」について発表します。
今朝の「日本経済新聞」を読んでいたら、ある記事に目がとまりました。


               11月4日付「日本経済新聞」朝刊より


厚生労働省の研究班が、親ががんになった小学生を対象に、心のケアプログラムを試験的に実施するというのです。新聞記事には、次のように書かれています。
「子供が幼いと、親が病状などの詳しい説明を避けたり、子供が将来を悲観したりすることも多い。研究班は体験希望者を募り、不安や孤独感がどの程度和らげられたかを調査。子供が抱きやすい感情に向き合うことで対処法習得の手助けをしたい考え」
このプログラムは、アメリカで開発されたものだそうです。同じ境遇の子供同士がお絵かき、工作などの「遊び」を通して、自然に不安や悩みを打ち明けられるスタイルだとか。
計6回のプログラム構成で、1回につき約2時間をかけます。
毎回、自己紹介シートに記入したり、今の気持ちを表現したお面を作ったり、闘病中の親へのお見舞いのカードを作ったりと、グループ作業をします。
作業中に、立会いの小児科医や臨床心理士が子どもたちに話しかけ、会話を通じて、がんについての基本的な知識を学び、それぞれの子が抱える不安や悩みなどを話し合うそうです。アメリカでは、現在、主要ながん拠点病院など50以上の施設で導入されているプログラムだそうです。
非常に意義のある計画だと、わたしは思います。わたしが共同研究員を務めていた京都大学こころの未来研究センターなどでも取り組んでほしい問題です。同センターには、グリーフケア研究の第一人者であるカール・ベッカー先生もおられることですし。
まさに、子どもの「こころ」とは、「こころの未来」そのものですから。



明日のフォーラムでも話が出ると思いますが、自殺者の遺児などの心のケアも重要な問題になっています。特に、自殺遺児の場合は、親が死んだというショックに加えて、自分が親から見捨てられたというショックが加わるからです。
小学生の頃などに、そのような経験をすれば、非常に大きな心の傷を負うことでしょう。
がんの問題でもそうですが、結局は子どもたちに「死」をどのように説明するかというデス・エデュケーションの問題に行き着きます。
日本人は死を「不幸」などと呼びますが、決して死をタブー視してはいけません。
もちろん、相手が子どもの場合は細心の注意が必要です。
しかし、死について率直に話すことができないと、真に人間的なコミュニケーションを深めることができなくなり、生への意欲までも減退させてしまうのです。
死生学の第一人者であるアルフォンス・デーケン氏も、これからは死を自然な現象として受け止め、自由に語り合える新しい死の文化を創造して行くことが必要であると主張し、それが新しい生き方を探る道にもなると述べています。



また、死の問題に生涯をかけて取り組んだ精神科医キューブラー・ロスがいます。
ロスは、死に直面した人間の態度には次の5段階があると唱えました。
第1段階は「否認」。死に直面した時、人はそれを認めず、誤診などと思おうとします。
第2段階は「怒り」。死という事実が否定できないとわかると、怒りと「なぜ今、わたしが・・」という疑問が生じます。
第3段階は「取り引き」。怒りがおさまると、「もし生かしてくれれば、これをする」と、神や死神と取り引きすることを思いつくのです。
第4段階は「抑うつ」。死の否定も取り引きも成り立たないことがわかると、喪失感に襲われ、うつ状態を引き起こします。
そして第5段階は「受容」。全ての望みが絶たれて、初めて死を認め、受け入れ始めるのです。この受容とともに意識は透明な輝きと広大な広がりをもち、苦しい闘争は終わり、旅路の前の休息の時が訪れます。
これが、有名なキューブラー・ロスによる「死へのプロセス」です。



しかし、全ての人がその5段階全部を通過するわけでも、その順番で通過するわけでもありません。5段階を知ることが重要なのではなく、「重要なのは生きられた生である」とロスは述べています。5段階の先には、第六段階としての「希望」があるのです
彼女は、よくギリシャ語で「魂」という意味のある蝶を使って死を表現しました。
「蝶は繭から出ると飛んでいってしまうけど、草花の間を飛び、日光を浴び、幸せになっているのよ」。
死とは、肉体を脱ぎ捨てて生きることだというのです。
もし親が亡くなったとき、故人の魂が蝶のように軽やかに舞っていると言うような「死」の説明は、子どもにとって大切なことではないかと思います。



親ががんになった小学生向けのプログラムですが、計6回を通して、「混乱」「悲しみ」「怒り」などの子どもが抱きやすい感情に正面から向き合うそうです。
そして、その対処法を身につけられるようにするのが狙いであるとか。
研究班のスタッフである国際医療福祉大学小林真理子准教授は、「親ががんとなった子供は誰にも相談できず一人で抱え込む例が多い。プログラムを通じ一人ではないと気づいてほしい」と語っています。
おそらく、米国発のプログラムには、キューブラー・ロスの考え方が反映されているものと思われますが、このプロジェクトの成功を願わずにはいられません。
それにしても、いよいよ日本人が「死」を正面から見つめはじめたような気がします。
2010年11月4日 一条真也