地域の子を育てる

一条真也です。

昨日、横浜から帰ってきました。
飛行機の中で読んだ新聞に、「赤ちゃんに笑顔を」という記事が出ていました。
そこには、震災地の避難所で母乳が出ない母親に代わって、別のお母さんが授乳しているという話が紹介されていました。


                  「朝日新聞」3月28日朝刊


他人の子にお乳を上げるなど、日本では久しく聞かない話です。
もちろん、昭和の初期ぐらいまでは日常的な光景だったのかもしれませんが、こんなことは「有縁社会」あってのことです。未曾有の大災害をきっかけに「隣人の時代」が到来し、今まさに有縁社会が再生されつつあるように感じます。


                  「朝日新聞」3月29日朝刊


また、今朝の新聞には、「小さな君へ 大きな未来を」という記事が出ていました。
NGOなどが、避難所の子どもたちのために遊び場所をつくり、ボランティア・スタッフたちが遊んであげているという内容でした。
これにも、「隣人の時代」の到来を強く感じました。
避難所というのも、「地縁」ある人々が集まった一種の「地域」です。
そして、地域の子どもたちは、地域みんなの子供なのです。



隣人の時代』(三五館)にも書いたのですが、もともと、地域には子どもたちを育てるという役目があります。わが国を代表する教育社会学者である門脇厚司氏は、現代社会における地域社会の役割として「子どもの社会力を育てる」ことをあげています。
多くの人は、子どもの社会力が形成される場として学校の存在をあげるでしょう。しかし、「地域の子を地域で育てる」必要性を強調する門脇氏は、著書『子どもの社会力』(岩波新書)で次のように述べています。
「さまざまな個性をもったクラスメイトとのさまざまな場面での付き合いが、子どもたちの他者認識や他者への共感を育てるのに何ほどかの貢献をするのは間違いない。それはそうであるが、だからといって、学齢期にある子どもたちの社会力形成の主要な場が学校であるというのは当たらない。この時期の子どもたちにとっても、彼らの社会力を育むもっとも重要な場は地域社会である。」
その理由を門脇氏は2つあげています。



1つめの理由は、地域は子どもたちにとっての全生活領域だからです。そこには多くの家があり、さまざまな店があり、工場があり、駅があり、郵便局や児童館や公園があり、川や林がある。というわけで、学校も地域社会の中のひとつの場所でしかありません。



2つめの理由は、地域社会には多彩な人々が住んでいるからです。
学校には同じ世代の子どもしかいませんが、地域社会には高齢者も幼児もいるし、男もいれば女もいる。仕事をしている人だって、おまわりさん、駅員さん、商店の人たち、役所の職員、病院の看護婦さんもいる。というわけで、人間の多彩さは学校などの比ではありません。学齢期以降の子どもたちにとって、社会力形成の場は地域社会をおいて他にはないのです。



わが社では、「隣人祭り」のサポートに力を入れてきました。
その理由としては高齢者の孤独死を防止する意味が強かったのですが、最近では、子どもたちの社会力形成という面からも「隣人祭り」は重要であると思っています。
子どもの社会力を育てるのに地域ほど適したところはありません。
子どもの社会力を育ててくれるのは地域の隣人たちなのです。


2011年3月29日 一条真也