『葛橋』

一条真也です。

『葛橋』坂東眞砂子著(角川文庫)を読みました。
死国』や『狗神』では、土俗的な恐怖のみならず男女のエロスも描かれていました。
女性作家ならではの繊細な描写でしたが、本書でもその才能が発揮されています。

 
               幽玄の世界を表現した傑作小説集


本書は、3つの中編からなる小説集です。
収録作品は「一本樒」、「恵比須」、そして表題の「葛橋」。
ネタバレになるので詳しいストーリーは書きませんが、3本とも傑作でした。
最初の「一本樒」を読んで、いきなり衝撃を受けました。
ひたすら夫に尽くし、真面目に生きてきた人妻の物語です。
彼女は、DVを振るう夫から逃れてきた実の妹を庇い、家に匿います。
そこから悲劇が生まれ、物語は破滅へと向っていく。
読んでいるうちに、話の流れはすぐわかります。
そこで待っている悲劇的な結末も、想像がつきます。
しかし、最後のオチだけは予想が外れました。
すさまじい著者の想像力に圧倒されました。



「恵比寿」も良質のファンタジー・ホラーで、わたし好みの作品でした。
海辺に打ち上げられた不思議な物体・・・・・。
「海から来るものは、すべて恵比寿さまの贈り物」と老人は言う。
どことなくユーモアも感じられますが、最後にはショッキングな結末が待っています。
人間の欲というものをテーマにして、じつに良く練られて書かれていると感じました。
著者の小説は、登場人物たちの特性を随所で見せながら、驚くべきラストへと向わせるストーリーの構成力が非常に卓越しています。



そして、最後の「葛橋」にも唸らされました。
東京の証券会社に勤務する青年が、郷里、高知の寒村に帰省します。
多忙を極める仕事と、半年前に妻を交通事故でなくした心の傷から逃れるためでした。
彼はそこで、幼なじみで後家の女性と再会し、次第に心惹かれて行きます。
彼女の家は向こう岸の山の斜面に建っています。
そこを訪ねるには葛橋を渡らねばなりません。
古事記』では、葛とは黄泉の国とこの世をつなぐ存在です。
その葛で編まれた吊り橋の「あちら」と「こちら」の幻想的な交流が描かれます。
そこには夢とも現ともつかぬ世界が展開されますが、深い闇から男女の心の亀裂と官能が、浮かび上がってきます。
「それほど俺を憎んでいたのか」という思いは、男性読者に大きな恐怖を与えます。
また、改めて著者の文章のうまさに感心しました。
淡々とした筆運びですが、登場人物の情感がリアルに伝わってきます。
特に、「あちら」と「こちら」の交流を描いた「葛橋」からは「能」の舞台さえ連想するほど、幽玄の世界が見事に表現されていると思いました。


2011年6月8日 一条真也