『善魂宿』

一条真也です。

『善魂宿』坂東眞砂子著(新潮文庫)を読みました。
ブログ『山妣』で、名作『山妣』を「民俗学的ホラー」と表現しました。
本書においても、著者の民俗学の素養が大いに生きていました。


                民俗学の香りがするホラー連作


本書は、6つの物語が収められた連作長編です。
物語の舞台は、天鏡峠につらなる山襞に建つ合掌造りの一軒家です。
この家は、かつて大家族が暮らしていましたが、いまは母と息子の2人だけで暮しています。道に迷った旅人たちが、次々にこの家を訪れます。
そして、彼らは一夜の宿と引き換えに、囲炉裏端で里の話を語り出すのです。
このあたりは泉鏡花の『夜叉ヶ池』を連想しました。
そういえば、著者の作品には柳田國男とともに泉鏡花の影響を強く感じます。
柳田と鏡花は無二の親友であり、鏡花の臨終には柳田が臨席しました。
柳田も鏡花も、近代日本における怪談ブームの立役者とされています。この2人の視線を彼岸から感じながら、著者は卓越したホラーを書いているのかもしれません。



本書を読むと、「人はいろんなものを引きずってあの世とこの世を行き来しとる」という作中の母親の言葉が実感されます。
若き日に恋をし、彼岸に日金山に行けばあの世にいる愛しい人に会えるという老女。
願掛けのために蛭を食うという北前船主の数奇な人生を語る仏壇売り。
くじ引きで決められた者同士が盆の3日間を共にする風習で、太陽の下で交わる男女。
いずれも、因習の中でも力強く生きる男女の性を浮かび上がってきます。
最後は、旅人ではなく、家の主が語り部となります。
そして、親子2人だけで暮らしている理由が明らかにされるのです。


この物語に出てくる合掌造りの家は、飛騨白川村がモデルになっています。
かつて白川村の合掌造りの家には20人から40人もの人が住んでいました。
そして、彼らは独特の家族制度を形成していました。
この民俗学的史実を知った著者が、想像力を駆使して本書を書き上げたのです。
著者が注目した白川郷の合掌造りの家系制度とは、現代人からは受け入れにくいものでした。結婚という制度はなく、基本的に「通い婚」でした。
子どもは母親のもとで育てられますが、家の主人は長男が継ぎます。
また、嬶(かか)は長女が引き継ぎますが、主人と嬶は婚姻関係ではなく,兄妹となるのです。いわゆる母系の家系制度だったようです。
このような民俗学的な素材に興味を抱き、1冊の濃厚な物語集を仕上げるところが著者の非凡なところだと思います。おそらく著者は大変な読書家でしょうが、読書で得た知識を生かして、自ら物語を紡ぎ出せるところが素晴らしいですね。


2011年6月9日 一条真也