異界の将軍、死す!

一条真也です。

北朝鮮金正日総書記が死去したというニュースには驚きました。
北朝鮮朝鮮中央テレビ朝鮮中央放送平壌放送が19日正午からの「特別放送」で最高指導者の死を伝えたのです。


朝日新聞」12月19日夕刊



北朝鮮は、昨年から三代世襲態勢への移行を推進していました。
後継者は、金総書記の三男である金正恩氏です。
現在、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長を務めています。
韓国やアメリカは、金総書記の死去が今後の北の核活動を含む対外政策にどのように影響するかについて、情報の収集と分析に全力を挙げています。
もちろん、不測の事態に備えているのでしょう。


日本はどうか。なんといっても拉致問題があります。
金総書記と面談したことがある小泉純一郎元首相は「残念です」とコメントを述べていましたが、拉致被害家族会の代表である飯塚繁雄氏は「ある意味、喜ばしいことという感じもします」と述べていました。正直な感想だと思います。
わたしは、数年前、羽田空港の待合室で横田めぐみさんのご両親を見かけたことがあります。お二人はとても疲れた様子で、うつむいておられました。
その姿を見て、わたしは「もう、何十年も疲れが取れたことなどないのだろうな」と思い、お二人の悲しみを想像して涙が出てきました。そして、お二人に「めぐみさんが無事に帰ってこられることを祈っています」と申し上げました。



わたしは、北朝鮮という国家を巨大な異界だと思っています。
なぜなら、「神隠し」にあった人々がそこで暮らしているからです。
千と千尋の神隠し」といえば宮崎駿監督の作品です。
このアニメ映画によって、「神隠し」という言葉がよみがえりました。
柳田國男が『遠野物語』に書いたように、神隠しとは、ある日突然、子供などが日常世界から消え失せてしまうことです。残された人々は、共同体の外部へと誘い出された失踪者の"その後"に思いを巡らせ、多くは暗い気持ちになります。つまり失踪者を待っているのは悲惨な運命だと想像するわけです。その一方で、神隠しという語は「死」の響きとともに、失踪者が異界で生きているという淡い期待も込められています。
それが明日かもしれないし、数十年先かもしれないが、いつか戻ってくるとの希望が託されているのです。そのため、神隠しにあった家の多くがちゃんとした葬式をすることもなく、失踪者の帰りを待ち続けたそうです。
千尋は不思議のトンネルをくぐって異界へと入っていったが、13歳の横田めぐみさんは帰校途中で拉致され、工作船によって北朝鮮に連れ去られました。
暗い船底で「お母さん」と泣き続け、壁には爪でかきむしった血の跡があったといいます。娘を持つ身として胸が痛みます。
北朝鮮というテロ国家は日本にとって、いや世界にとっても巨大な異界なのです。



2004年、わたしは北朝鮮に心の底から強い怒りを感じました。横田めぐみさんのニセ遺骨事件です北朝鮮は他国民を愚弄するにも程があると思いました。
その年、日本人に一番憎まれたのが将軍様で、愛されたのがヨン様でした。
朝鮮半島という同じ半島に住む同一民族でありながら、将軍様ヨン様に対する感情のあまりの正反対ぶりには深く考えさせられたものです。
もともと朝鮮半島とわが国との縁はとてつもなく深いです。
さかのぼれば、はるか昔、百済から儒教と仏教が伝えられました。
この二つの教えは、まさに日本人の精神文化を形成する二本柱です。既存の神道とも平和に共存して、日本独自のハイブリッドで心ゆたかな文化をつくりあげました。
儒教と仏教が日本に伝来したインパクトは、韓流ドラマどころの話ではありません。


そして忘れてはならないのは、儒教は遺骨を大切にし、他者を尊重する「礼」の心を、仏教は他者を思いやり、慈しむ「慈悲」の心を日本人に教えてくれたことです。
わたしは、「礼」も「慈悲」も完全に忘れ去った国家には自らほろびる運命のみが待っていると思いました。金総書記の死を悼んで、北朝鮮の人々は号泣していましたが、彼らに「礼」や「慈悲」の心はあるのでしょうか?



金総書記は69歳でした。『思い出ノート』(現代書林)の「著名人死亡年齢一覧」によれば、次の人々が69歳で亡くなっています。セルバンテススカルノ、オナシス、千利休伊達政宗間宮林蔵二宮尊徳内村鑑三円谷英二
金総書記の葬儀の日程などは未定だそうです。
その死の直後、北朝鮮はミサイルを日本海に向けて発射したとか。
これは何を意味するのでしょうか。哀悼なのか、威嚇なのか。
それはわかりませんが、横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者の方々が日本に戻ってこられることを心より祈っています。


2011年12月19日 一条真也