やったぜ、内村!

一条真也です。

ロンドンオリンピック体操の男子個人総合で、内村航平選手が金メダルを取りました。
義理の祖母の葬儀で妻が広島に帰省しており、昨夜は次女と2人で留守番しました。
朝一番、次女が「パパ、内村が金メダル取ったよ!」と教えてくれました。


ヤフー・ニュース「ロンドンオリンピック」より


内村選手は、6種目通じて安定した演技で92・690点を叩き出しました。
個人総合では、84年ロサンゼルス大会の具志堅幸司選手以来の28年ぶり5人目となる金メダルを獲得したわけです。これは快挙です!
今回の内村選手は調子が悪いと思っていただけに、正直言って意外でした。


内村選手は、団体総合の予選、決勝と、あん馬で2度失敗しました。
しかし男子個人決勝では、あん馬をきっちりノーミスでスタートし、その後もほぼノーミスでした。16・266をマークした跳馬をはじめ、高得点を連発しました。
5種目めの鉄棒はコールマンを構成から外しながら15・600。
最後の床運動は若干着地に失敗しましたが、それでも15・100点。
6種目すべて15点以上と安定感抜群のうちに競技を終えました。
そして、彼は見事に金メダルに輝いたわけです。


今大会での内村選手は、予選ではミスを連発し、まったく奮いませんでした。
期待の団体総合も銀メダルに終わり、「今まで何をやってきたんだろう」と悔しさをにじませていました。ちょうど、トヨタのCMで「ドラえもん」の出木杉くんを演じたこともあり、多くの人々は「浮かれているから、こんな結果になるんだ」と思ったことでしょう。
かくいうわたしも、「こりゃあ、出木杉くんの呪いだな」と思ったものです。
もちろん、オリンピック選手のCM出演は本人の意思とは関係ないことは承知してはいましたが、「それにしても、本番を前にして、出木杉くんはないだろ!」と思いました。
そのプレッシャーも大きかったでしょうが、内村選手はやりました。
彼は、本当に出木杉くんでした。いやあ、カッコいいにも、ほどがあります!



わたしが内村選手を心からリスペクトするのは、一度はプレッシャーに押しつぶされて失敗したにもかかわらず、その後(それも直後に)、反省と修正を重ねて、見事に成功したことです。特に、2度も失敗したあん馬が本番ではノーミスでした。
誰でも過失を犯します。失敗しない人間など、この世にはいません。
孔子ドラッカーもその点はよくわかっていて、「過ちを犯すな」とは言っていません。
人間が過ちを犯すことはやむを得ないことであり、むしろ犯した後の行動が大切であるとしています。しかし、絶対に犯してならない過ちもあります。
それは、プロが知っていて害をなすことです。
これはプロにとって最大の責任であり、古代ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いの中にも「知りながら害をなすな」という言葉で明示されています。ドラッカーは、この言葉こそプロとしての倫理の基本であり、社会的責任の基本であるとしました。



孔子は、本当の過ちについて述べています。
論語』衛霊公篇に、「過ちて改めざる。是れを過ちと謂う」とあります。
「過ちをしても改めない。これを本当の過ちというのだ」の意味です。
また学而篇には、「過てば則ち改むるに憚(はばか)ること忽(な)かれ」という言葉もあります。「過ちがあれば、ぐずぐずせずに改めよ」というのです。
論語』には「過」という言葉がたくさん登場しますが、過ちを犯した後の態度は小人と君子では違うといいます。子張篇に「小人の過つや、必ず文(かざ)る」とあります。「小人が過ちをすると、必ず飾ってごまかそうとする」というのです。
一方で同じ子張篇に、「君子の過ちや、日月の蝕するが如し。過つや人皆なこれを見る、更(あらた)むるや人皆なこれを仰ぐ」という言葉もあります。「君子の過ちというものは日食や月食のようなもの。過ちを犯すと一目瞭然なので、誰もがそれを見るし、改めると誰もがみなそれを仰ぐ」というわけですね。


「過ち」は繰り返さないことが大事です



このように過失を犯してしまったら、決してごまかしてはなりません。
そして、反省した上で二度と同じ失敗を繰り返さないことが重要です。
以上のことは、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。
東西の二大賢人が説いた「過ち」の思想を日本の体操選手がオリンピックの檜舞台で見事に証明してくれたことに、わたしは感動しました。
最後にひとこと。やったぜ、内村! 君は、リアル出木杉くんだ!


2012年8月2日 一条真也