「バラが咲いた」

一条真也です。

わが家の庭でバラが咲きました。
イングリッシュローズが一輪咲きました。
その前に、まずはモッコウバラが咲き、続いて紫色のブルーローズも咲いていました。
そして、メインのバラがようやく咲きました。


                     わが家のバラ

                      紫のバラ  


ガーデニング愛好家にとって、バラは虫が付きやすく、とても厄介な花です。
でも、消毒と冬のあいだの肥料と簡単な剪定(せんてい)をしてやれば、意外と元気に咲き誇ります。
かつて、珍しいオールドローズがはじめて咲いた日、わたしは狂喜しました。
そして、庭でウクレレを弾きながらマイク眞木の「バラが咲いた」を歌ったものです。


西洋でもっとも愛されている花はバラです。
ギリシャローマ神話にはバラが登場します。神話は人間の無意識と関わっていますので、西洋人の無意識の中にはバラが存在しているのでしょう。
古代ローマでは、「美」と「愛」がバラの属性となりました。
まさにヴィーナスのシンボルだったわけですが、中世ヨーロッパでは「聖」が属性となり、聖母マリアのシンボルへと変わりました。
ユング心理学などでは、バラの持つ究極のイメージとは「魂の完成」であるといいます。
さらに西洋の秘教的伝統、すなわちオカルティズムの世界では、バラは霊的な成長プロセスの達成と開花、そして何よりも「永遠の生命」のシンボルとされました。
このイメージを美しく結晶させた文学作品がダンテの『神曲』です。



バラを人類の普遍思想にまで高めた人がいます。
フランスの作家サン=テグジュペリです。
彼の代表作である『星の王子さま』では、バラがきわめて重要な役割を果たします。
たった一人で小さな星に暮らしていた王子さまの幸せな生活を邪魔する存在がバラの花でした。バラは無邪気なのですが、わがままで、ウソつきで、依存的で、無秩序な存在で、自分の要求だけを突きつけるのです。一緒にいるとお互いに傷つけ合うと思った王子さまは、自分の星から飛び出してしまいます。
さまざまな星をめぐった王子さまは、地球でバラの花を見て、泣き出してしまいます。
あんなにも自分が大切に育て、あんなにも自分を困らせたバラは、5000本の中のたった1本でしかなかったのです。
このとき、王子さまは生まれてはじめての大きな喪失感を覚えました。自分は、この広い宇宙の中でなんと小さく、なんと意味のない存在であるかと思い知るのです。
でも、王子さまが面倒を見たたった1本のバラの花があることによって、王子さまは「意味のある存在」になります。
自分とバラの花はお互いに強い絆で結びついた「唯一の存在」であることに気づいた王子さまは、再び、5000本のバラの花を見に行きます。そして、「あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりもたいせつなんだ」と語るのです。
砂漠で会ったキツネから「面倒みた相手には、いつまでも責任があるんだ。守らなきゃいけないんだよ、バラとの約束をね・・・」ということを教わった王子さまは、自分だけの一輪のバラが待つ小さな星へ還っていきます。



サン=テグジュペリにとっての1本の守るべきバラとは何だったのでしょうか。
それは、ニューヨークにいる不倫関係の恋人であるとか、フランスに残してきた妻であるとか、さらには故国フランスそのものであるとか、いろいろな説があります。
でも、わたしは、きっと彼にとってのバラとは、恋人であり、妻であり、故国であったのだと思います。
バラは、すべての「かけがえのない大切なもの」のシンボルなのだと思います。



星の王子さまは、バラの花によって愛を知り、愛したものに対する責任を学びます。
気まぐれにペットを捨てるばかりか、わが子さえ捨てる人もいる昨今、王子さまのメッセージはわたしたちの心に突き刺さります。
親ならば子に対して、夫ならば妻に対して、経営者ならば社員に対して、教師ならば生徒に対して、わたしたちは愛と責任を持たなければならないのです。
職場でのコミュニケーションがうまくいかずに悩んでいる人もいるでしょう。
離婚を考えている人もいるでしょう。
親の介護をしている人もいるでしょう。
わたしたちは、すべてつながっているのです。
わたしたち人間は一人では生きていけません。
重要なのは「人間」ではなく、「人間関係」なのです。
バラの花束をプレゼントすることが、なぜこれほど人間関係を良くするのかという秘密がここにあるように思います。
エスムハンマドは「愛」を説き、孔子は「仁」を説き、ブッダは「慈悲」を説きましたが、それらすべては他者に対する「思いやり」ということ。
誕生日で、快気祝いで、送別会で、贈られるバラの花束。
それは、「思いやり」そのものなのです。
星の王子さま』を貫くメインテーマは、「ほんとうに大切なものは目に見えない」です。
ならば、バラの花束とは、目に見えないはずの「大切なもの」を目に見せてくれる、まるで魔法のような、奇跡のような、そんな存在なのだと思います。
では最後に、ロシア民謡をベースにした加藤登紀子の「百万本の薔薇」をどうぞ。


2010年5月8日 一条真也