「INORI〜祈り〜」

一条真也です。

東京から北九州に戻ってきました。
いろんなテレビ番組でも取り上げていましたが、シャンソン歌手のクミコさんが歌う反戦歌「INORI〜祈り〜」がUSENチャートの1位になりましたね。
2歳のときに被爆し、12歳で亡くなった佐々木禎子(さだこ)さんに捧げた歌です。
広島市平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルである禎子さんは、治療のための粉薬の包み紙などで折り鶴を折りながら、祈り続けました。


まさに魂を揺さぶられるような歌だと思います。
語りかけるようなクミコさんの歌声から、禎子さんの叫びが聞えてくるような気がします。
「こわい!」「死にたくない!」「生きたい!」という心の叫びが。
現在、禎子さんが折った鶴がニューヨークの米中枢同時テロ追悼施設で展示されています。3日、その場所で親族らが世界平和を誓いました。
「INORI」は、禎子さんの兄の次男で、シンガー・ソングライターの佐々木祐滋さんが作詞作曲しました。佐々木さんは、クミコさんの歌声を聴き、ぜひこの歌を彼女に歌ってほしくて、自らクミコさんに依頼したそうです。
6月6日にはニューヨークのセントラルパークで開催され、5万人が参加する「JAPAN DAY」でも歌うことが決定しました。
アメリカでヒロシマの悲劇を歌うことについて、クミコさんは「原爆の歌を原爆を落とした国で歌うことは否定的にとらえられる可能性もあると思います。けれど、この歌は人間の歌です。途方もない大きな力で、自身の生を折られてしまった人間の歌です。私は救いを求めて歌いたいと思います」と、「スポーツニッポン」の取材で話していました。
今年は終戦から65年ですが、この歌に共感した全国の人々から平和を祈る折り鶴が続々と事務局に届けられているとか。
広島に原爆が投下された8月6日には、クミコさんは市内でライブを開催し、集まった折り鶴を禎子さんの平和公園銅像のもとに届ける予定だそうです。



わたしが、その話を夕食のときにしたところ、広島出身の妻はもちろん佐々木禎子さんのことをよく知っていましたが、高校3年生の長女も詳しいので驚きました。
聞くと、小学校5年生のときに禎子さんについて書かれた児童向けの本を読み、夏休みの読書感想文を書いたそうです。
自分の部屋から探し出してきて、「はい、この本だよ」と渡してくれました。
『折り鶴の子どもたち』那須正幹・作、高田三郎・絵(PHP)という本でした。


             原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち


この本を読みながら、わたしは、2007年の9月に東京は神保町の岩波ホールで観たドキュメンタリー映画ヒロシマ ナガサキ」を思い出しました。
アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞に輝いたスティーブン・オカザキ監督が、500人以上の被爆者に会い、25年という歳月をかけて取材を重ねて完成させた作品です。
14人の被爆者の証言と、実際の爆撃に関与した4人のアメリカ人の証言を軸とし、貴重な記録映像や資料を駆使しています。


この映画を観終わって、いろいろと考えさせられました。特に、広島での原爆投下直前のエノラ・ゲイの機内の様子を撮影した映像、原爆投下の瞬間の映像、そして直後の焦土と焼かれた遺体や瀕死の生存者の映像に強い衝撃を受けました。

エノラ・ゲイの乗組員で原爆投下の担当者たちも出演していましたが、彼らの「戦争を終わらせるために、やむをえなかった」「後悔はしていない」「悪夢を見たことは一度もない」と言い切る姿には、何か近寄りがたい意思の強さを感じました。
そして何よりも驚いたのは、想像を絶する極限体験をした被爆者たちの落ち着いた態度と表情、やさしく内省的な語り方でした。彼らの聖者のようなたたずまいは反米という次元など完全に超越しているように感じました。
母親と妹を原爆で亡くした被爆者の女性が、終戦後、はじめてアメリカ兵に会ったとき、つかみかかって「母ちゃんと妹を返せ!」と叫んだそうです。
しかし、日本語が通じず、若い米兵はただニコニコ笑っていました。
その笑顔を見たとき、彼女は「この人に文句言っても仕方ないね」と悟ったそうです。
そのように、地獄のような被爆体験を味わわせたアメリカへの恨みを水に流した日本人が多かったのです。



今でも、広島および長崎への原爆投下を正当化する多くのアメリカ人がいます。
アメリカの青少年の中には、原爆投下の事実さえ知らない人々も多いようです。
かつては、スミソニアン博物館で開催予定だった「原爆展」が、アメリカの退役軍人などの圧力で中止されるという事実もありました。
しかし誰が何と言おうと、アメリカによる原爆投下は、ナチスによるユダヤ人のホロコーストと並ぶ、20世紀の、いや人類史上に残る愚行であり汚点です。
その意味で、「タイタニック」や「アバター」のジェームズ・キャメロン監督が次回作のテーマに広島の原爆投下を選んだことは大きなニュースでした。
しかも、「アバター」同様に3D映画として製作するということで、とても期待しています。
クミコさんの「INORI」やキャメロンの新作映画などによって、一人でも多くのアメリカ人に原爆投下の悲劇を知ってほしいと思います。現在においても、地球上には広島に落とされた原子爆弾の40万個に相当する核兵器が存在するそうです。
世界中に「INORI」の歌が流れることを祈らずにはいられません。


2010年5月14日 一条真也