西日本新聞講演

一条真也です。

今日は、14時から西日本新聞主催の講演会がありました。
西日本新聞社が今年から開講する「路地裏オトナ塾」です。
合言葉は、「オトナたちよ、地域に戻ろう」「かつて学び遊んだ路地裏に戻ろう」です。
市民センターや公民館などの身近な場所で、ゆたかな地元生活を送るための「オトナの実学」を伝えるそうです。その栄えある第1回目の講師に選ばれました。


                  「西日本新聞」4月15日朝刊


演題は、「故郷で死ぬということ」です。ちょっとドキリとするテーマですね。
人生の卒業式ともいえる葬式を考え、幸せな生き方を提案したいと思います。
なお、この講座のコーディネーターはコラムニストの石丸美奈子さんです。
今日も、石丸さんが司会・進行を務めて下さいました。昨日の「西日本新聞」で告知していたこともあり、80名定員の会場に100名近くの方々がお越し下さいました。
桜の季節なので、お気に入りのピンクのネクタイを締めて行きました。



                  「路地裏オトナ塾」のノレン

                定員を超える多くの方が集まりました


最初に、このたびの東日本大震災で亡くなられた方々についての思いをお話し、続いて以下のような話をさせていただきました。
昨年、『葬式は、要らない』という本が話題になりました。
いわゆる「葬式無用論」の類です。同時期に「無縁社会」という言葉も流行しました。
しかし、東日本大震災は、そんな考えなど流し去ってしまいました。
東北などで大量の死者を前にし、日本人は「葬式は必要」であることを思い知りました。
葬儀は絶対になくならないとしても、団塊の世代を中心に日本人の葬儀は変わると言われています。新しい葬式のスタイルを提案かつ実施し、また新たなスタイルを考案しています。葬儀は今、従来の告別式をアレンジした「お別れ会」などが定着しつつあります。やがて通夜や葬式そのものにも、目が向けられていくにちがいありません。


                みなさん、熱心に聴いて下さいました


わたしは各地で冠婚葬祭業を営んでいますが、いま、冠婚葬祭業界、特に葬儀を取り巻く環境が激変していることを痛感します。
家族葬、密葬から、現在は本当に直葬が増えてきているのです。
その背景には様々な要因があるのでしょうが、1つには、葬祭業界に限らず日本社会全体が「無縁化」してきたことは事実でしょう。
もう1つは、島田氏の著書のような「葬式無用論」というものが出てきて、「無縁社会」と同様に現代のキーワードになってきています。
はっきり言って、葬式が要らないはずがありません。
葬儀は人類が長い時間をかけて大切に守ってきた精神文化です。
いや、葬儀は人類の存在基盤だと言ってもいいでしょう。
昔、「覚醒剤やめますか、人間やめますか」というポスターの標語がありましたが、わたしは、「葬式やめますか、そして人類やめますか」と言いたいくらいです。
日本人が本当に葬式をやらなくなったら、人類社会からドロップアウトしてしまいます。



東日本大震災以前、日本社会はあらゆる「絆」を失っていきました。
その結果、「無縁社会」などと呼ばれるようにまでなりました。
かつての日本社会には「血縁」という家族や親族との絆があり、「地縁」という地域との絆がありました。しかし、日本人はそれらを急速に失っているに見えました。
わが社では、各種の儀式の施行をはじめ、最近では「隣人祭り」や「婚活セミナー」などに積極的に取り組み、全社をあげてサポートしています。これらの活動は、すべて「無縁社会」から「有縁社会」へ進路変更する試みだと思っています。
ACのコマーシャルではありませんが、「わたしたちは1人じゃない」ことに、日本人はやっと気づきました。そう、わたしたちは1人では生きていけないのです。
わたしたちは、誰かと一緒に暮らさなければならないのです。
では、誰とともに暮らすのか。まずは、家族であり、それから隣人です。
考えてみれば、「家族」とは最大の「隣人」かもしれませんね。



現代人はさまざまなストレスで不安な心を抱えて生きています。
ちょうど、空中に漂う凧のようなものです。そして、わたしは凧が最も安定して空に浮かぶためにはタテ糸とヨコ糸が必要ではないかと思います。
タテ糸とは時間軸で自分を支えてくれるもの、すなわち「先祖」や「子孫」です。
このタテ糸を「血縁」と呼びます。
また、ヨコ糸とは空間軸から支えてくれる「隣人」です。
このヨコ糸を「地縁」と呼ぶのです。
このタテヨコの2つの糸があれば、安定して宙に漂っていられる、すなわち心安らかに生きていられる。これこそ、人間にとっての「幸福」の正体だと思います。


                  「故郷で死ぬということ」を考える


故郷で死ぬということ・・・・・「故郷」とは、先祖とともに暮らす場所です。
わたしたちは、先祖、そして子孫という連続性の中で生きている存在です。
遠い過去の先祖、遠い未来の子孫、その大きな河の流れの「あいだ」に漂うもの、それが現在のわたしたちに他なりません。
その流れを意識したとき、何かの行動に取りかかる際、またその行動によって自分の良心がとがめるような場合、わたしたちは、こう考えます。
つまり、「こんなことをすれば、ご先祖様に対して恥ずかしい」「これをやってしまったら、子孫が困るかもしれない」と。こういった先祖や子孫に対する「恥」や「責任」の意識が日本人の心の中にずっと生き続けてきました。
それらの意識は「家」という一字に集約されるのではないでしょうか。
かつての日本人には「家」の意識があったのです。



戦後の日本人は、「家」から「個人」への道程をひたすら歩んできました。
わたしのように冠婚葬祭を業としている者から見ると、よく変化がわかります。
たしかに戦前の家父長制に代表される「家」のシステムには問題点はありました。
それが、日本人の自由を著しく拘束してきたことは事実です。
しかし、「個人」化が行き過ぎたあまり、わたしたちはとても大事なものを失ったようです。それが、先祖や子孫への「まなざし」ではないでしょうか。
激増する凶悪犯罪や自殺にも、その「まなざし」の喪失が影響しているように思います。
たとえば、殺人などの凶悪犯罪に手を染める場合には「先祖に申し訳ない」という意識が働き、自ら命を絶つ場合には「自殺すれば子孫が迷惑するのでは」という想像力が働くのではないでしょうか。それらが失われた結果、残ったのは自分という「個」の意識、すなわち「自我」だけになってしまいました。
倫理的に最も悪質であるとされる「親殺し」や「子殺し」が現代日本で増加している背景にも、「自我」の肥大化があるように思えてならなりません。


                  「隣人祭り」についても話しました


故郷で死ぬということ・・・・・「故郷」とは、隣人とともに暮らす場所でもあります。
わたしは、フランス生まれの「隣人祭り」の精神に「相互扶助」を見ました。
そして、わが社で隣人祭りのお手伝いを行ってゆくことにしました。
まずは、2008年の10月に日本で最も高齢化が進行し、孤独死も増えている北九州市での隣人祭りのお手伝いをさせていただいた。
その後、その数を増やし、2010年には全国で年間500回以上を開催しました。
いま、「無縁社会」を「有縁社会」に変えなければなりません。
まずは、地縁再生から! これからも、隣人祭りを通じて、わたしたちは地域の人間関係が良くなるお手伝いがしたいと思います。



わたしは、いろんな葬儀に立ち会います。
中には、参列者が1人もいないという孤独な葬儀も存在します。
そんな葬儀を見ると、わたしは本当に故人が気の毒で仕方がありません。
亡くなられた方には家族もいたでしょうし、友人や仕事仲間もいたことでしょう。
なのに、どうしてこの人は1人で旅立たなければならないのかと思うのです。
もちろん死ぬとき、誰だって1人で死んでゆきます。でも、誰にも見送られずに1人で旅立つのは、あまりにも寂しいではありませんか。故人のことを誰も記憶しなかったとしたら、その人は最初からこの世に存在しなかったのと同じではないでしょうか?
アカデミー外国語映画賞を受賞した「おくりびと」が話題になりましたね。
人は誰でも「おくりびと」です。そして最後には、「おくられびと」になります。
1人でも多くの「おくりびと」を得ることが、その人の人間関係の豊かさを示すのです。



「ヒト」は生物ですが、「人間」は社会的存在です。「ヒト」は、他者から送られて、そして他者から記憶されて、初めて「人間」になるのではないかと思います。
わが社は、「良い人間関係づくりのお手伝いをする」というミッションを掲げています。
ですから、参列者がゼロなどという葬儀など、この世からなくしたいと考えています。
それもあって、隣人祭りのお世話もさせていただいているのです。
隣人祭りは、生きている間の豊かな人間関係に最大の効果をもたらします。
また、人生最後の祭りである「葬祭」にも大きな影響を与えます。隣人祭りで知人や友人が増えれば、当然ながら葬儀のときに見送ってくれる人が多くなるからです。
隣人すなわち「となりびと」とは、「おくりびと」なのです。



あらゆる生命体は必ず死にます。もちろん人間も必ず死にます。
親しい人や愛する人が亡くなることは悲しいことです。
でも、決して不幸なことではありません。残された者は、死を現実として受け止め、残された者同士で、新しい人間関係をつくっていかなければなりません。
葬儀は故人の人となりを確認すると同時に、そのことに気がつく場になりえます。
葬儀は旅立つ側から考えれば、最高の自己実現であり、最大の自己表現の場ではないでしょうか。「葬式をしない」という選択は、その意味で自分を表現していないことになります。「死んだときのことを口にするなど縁起でもない」と、忌み嫌う人もいます。
しかし、果たしてそうでしょうか。わたしは、そうは思いません。


                 自分の葬儀をイメージしてみて下さい


わたしは、葬式を考えることは、いかに今を生きるかを考えることだと思っています。
ぜひ、みなさんもご自分の葬儀をイメージしてみて下さい。
そこで、友人や会社の上司や同僚が弔辞を読む場面を想像して下さい。
そして、その弔辞の内容を具体的に想像して下さい。そこには、あなたがどのように世のため人のために生きてきたかが克明に述べられているはずです。
葬儀に参列してくれる人々の顔ぶれも想像して下さい。そして、みんなが「惜しい人を亡くした」と心から悲しんでくれて、配偶者からは「最高の連れ合いだった。あの世でも夫婦になりたい」といわれ、子どもたちからは「心から尊敬していました」といわれる。
いかがですか、自分の葬儀の場面というのは、「このような人生を歩みたい」というイメージを凝縮して視覚化したものなのです。そんな理想の葬儀を実現するためには、残りの人生において、あなたはそのように生きざるをえなくなるのです。


                      質問も受けました


さらには、ヒトは葬儀をされることによって初めて「人間」になるのではないでしょうか。
繰り返しますが、ヒトは生物だけれども、人間は社会的な存在です。
ゆかりのある人々が葬儀に参列してくれて、その人たちから送ってもらう。
それで初めて、故人は「人間」としてこの世から旅立っていけるのではないでしょうか。 
わたしは、葬儀とは人生の卒業式であり、送別会だと思います。
そこで最も使われる言葉は、「ありがとう」です。
人々が「ありがとう」の声をかけ合い、お互いが心ゆたかになれる。
わたしは、そんな社会を「ハートフル・ソサエティ」と呼んでいます。
わが社は、ハートフル・ソサエティ実現のためのお手伝いをさせていただく「ハートフル・カンパニー」でありたいと願っています。



日本人は人が亡くなると「不幸があった」などといいますが、死なない人はいません。どんな素晴らしい生き方をしようが、すべての人が最後に不幸になるというのは、絶対におかしいとわたしは思います。人生を負け戦にしてはなりません。
葬儀という儀礼には変えてはいけない部分と変えてもいい部分とがあります。
わたしは、やわらかな発想で新しい葬儀の時代が開かれるべきだと思います。
そして、「あの人らしかったね」といわれるような素敵な人生の卒業式を実現するとともに、いつの日か日本人が死を「不幸」と呼ばなくなることを心から願っています。


                     花束を頂戴しました


以上のような話をしましたが、盛大な拍手を頂戴して、感激しました。
最後に質問を受けて、愛読者の方から花束を頂戴しました。
今日の講演会でも多くの方々との出会いがありました。
また、わたしの隣人が増えました。このような機会を与えて下さった西日本新聞社の方々、そして司会を務めて下さった石丸さんに心より感謝いたします。
これから、司法修習生のための講演をするために、松柏園ホテルに戻ります。


2011年4月16日 一条真也