金沢は今日も雨だった

一条真也です。
昨日は、全国的に激しい雨が降りましたね。
ちょうど、伊藤忠商事の関係者の方々が北九州を訪問され、わが社が建設する高齢者介護施設の予定地を一緒に視察したのですが、雨でビショ濡れになりました。
また、今朝は早くから小倉から京都まで新幹線「のぞみ」に乗ったところ、豪雨のために新山口〜徳山間の運行が見合わされ、あやうく金沢に行けなくなるところでした。


                    金沢は今日も雨でした


ブログ「雨の金沢」から早や1年近くが経過しましたが、金沢は今日も雨でした。
そこで大学の講義では、今日のテーマである「孔子とその時代」にあわせて、偉大な聖人たちの思想が雨に通じているという話をしました。孔子の説いた「仁」も、老子の「慈」も、ブッダの「慈悲」も、もともとは水に由来する思想です。「仁」「慈」「慈悲」の語源にはいずれも、水が与えられて植物が育つという意味があるのです。
さらに、孔子儒教という宗教を開きました。
儒教の「儒」という字は「濡」に似ていますが、これも語源は同じです。
ともに乾いたものに潤いを与えるという意味があります。すなわち、「濡」とは乾いた土地に水を与えること、「儒」とは乾いた人心に思いやりを与えることなのです。
孔子の母親は雨乞いと葬儀を司るシャーマンだったとされています。
雨を降らすことも、葬式をあげることも同じことだったのです。
雨乞いとは天の雲を地に下ろすこと、葬式とは地の霊を天に上げること、その上下のベクトルが違うだけで、天と地に路をつくる点では同じです。
母を深く愛していた孔子は、母と同じく「葬礼」というものに最大の価値を置き、自ら儒教を開いて、「人の道」を追求したのです。


                     雨の兼六園前で


大学の講義を終えたあと、兼六園東茶屋街に寄りました。東茶屋街には、泉鏡花室生犀星徳田秋声らが愛した古き良き金沢のたたずまいが残っています。
雨がしとしと降る東茶屋街は、「非日常」や「幻想」といった言葉がよく似合います。
「非日常」あるいは「幻想」の世界といえば、ミステリー・ホラー・SFです。
この3つの文学ジャンルは、いずれもイギリスのロンドンで誕生しました。
わたしは、それには明らかな理由があったと思っています。
ロンドンという都市は雨が多くて晴天の日が少ない「霧の都」だったからです。
霧が多いと、視界が制限されて、よく世界が見えません。
つまり、世界が見えにくいと、逆に見えない世界が見えてくるのではないでしょうか。
その意味では、日本で最も日照時間の少ない都市である金沢もまったく同じです。


                  雨の金沢は異界へ通じている?


金沢は、泉鏡花をはじめ、多くの幻想作家を生みました。
また、西田幾多郎鈴木大拙といった思想界の巨人も生みました。
その理由は、ロンドンとまったく同じではないでしょうか。
金沢の街も、雨が多くて晴天の日が少ない「霧の都」だからではないかと思うのです。
雨の金沢で、霧の中を歩いていると、不思議な感覚にとらわれます。
それは、このまま異界へ入って行くような不思議な感覚です。
なお、このブログ記事は、通産1100本目となります。


2011年5月11日 一条真也