「仁」のプレゼント

一条真也です。

昨夜の祝賀会の感激の余韻がまだ残っています。
今朝は再び松柏園ホテルに向かい、世界孔子協会の孔健会長、中国大使館の孫美嬌参事官、三五館の星山社長、わが社の佐久間進会長らとの朝食会に参加しました。


産経新聞」2012年5月19日朝刊



朝食会場に到着すると、サンレー企画部の石田恭一部長から「産経新聞」を渡されました。見ると、昨日の祝賀会についての記事が掲載されていました。
孔子賞受賞 300人祝う」というタイトルで、孔健会長から「仁」と記された書をわたしが手渡される写真つきです。記事には、次のように書かれていました。
「受賞記念パーティーは、地元の政財界の要人らが発起人となって開催。
孔子の子孫で、同賞を制定した世界孔子協会の孔健会長が祝辞を述べた上で、『仁』と記した書を、佐久間社長に贈呈した。
佐久間社長は『孔子ほど、人間がどう幸せに生きるかを追求した人はいない。その名が入った賞をいただき本当にうれしい』とあいさつした」


孔健会長からプレゼントされた直筆の「仁」の書



孔子の子孫」である孔健会長から、直筆の「仁」の書を贈られ、まことに光栄です。
「仁」は、よく知られているように、儒教において最高の徳目とされています。
孔子孟子は、幾度となく指導者が持たねばならぬ必要条件の最高は仁にあり、と説きました。孔子は『論語』の中で数多くの仁を唱えていますが、仁という言葉自体は孔子以前にも使われており、『詩経』にある古い歌では男性の立派さ、美しさを表す語として用いられていたという。孔子はこの仁を、より広く深く進化させました。



今日、多くの支持を得ている「仁」の解釈は、次のようなものです。
まず、『論語』に「樊遅、仁を問う。子曰く、人を愛す」とあるように、「仁とは何か」という弟子の質問に対して、孔子は「人を愛することだ」と答えています。
これと関連するものに、「生涯それだけを実行すればよい、一言があるだろうか」と弟子が尋ねたとき、孔子が「其れ恕か。己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」と答えた「恕」があります。恕とは「思いやり」のことです。あるいは、曾参が「夫子の道は忠恕のみ」と述べた「忠恕」もこれと同じで、「真心からの思いやり」も「仁」であると言えるでしょう。



このように、孔子が唱えた「仁」の重要な側面として、「愛」とか「思いやり」、あるいは「真心からの思いやり」と表現できるものがあります。
これは、一般に「愛の仁」としての「仁愛」などと呼ばれています。
その一方で、『論語』に「顔淵、仁を問う。子曰く、己に克ちて礼に復るを仁と為す」とあるように、「自己の私心を克服して礼に立ち戻ることが仁だ」とも孔子は説いています。
厳しく自己規制して規範を守ることも「仁」だというのです。同様に、「仁者は必ず勇有り」、「志士仁人は生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を為すこと有り」という孔子の言葉は、その意味における「仁」と関連づけて解釈できるでしょう。



勇気を持つことや一身を犠牲にしてでも物事が成就することを求めるのは、自己を規制して規範を守る「仁」であり、これは「徳の仁」としての「仁徳」などと呼ばれています。
つまり、孔子の唱えた「仁」の思想とは、主に「仁愛」と「仁徳」であったのです。
そして、儒教とは「仁の道」「仁の教」であると言うことができます。
「仁」とは天地の・自然の生成化育の人間に現われた徳のことなのです。
孔健会長から贈られた「仁」の書は、わたしの宝物です。
「家宝」ではなく「社宝」にして、サンレー社長室に飾っておきます。


2012年5月19日 一条真也