借金返済

一条真也です。

昨日の海老蔵の記者会見は、多くの人にとって不評だったようですね。
ある調査によると、70%の人が「反省を感じない」などの厳しい意見を持っていたとか。
会見自体が「芝居がかっていた」という声も多いそうで、なかなか厳しいですね。


                 12月10付「日刊スポーツ」より


「日刊スポーツ」を読んでいたら、あるコラムが目につきました。
同紙の記者のコラムで、『「海老蔵再生」・・・母にまた大仕事』というタイトルでした。
それによると、海老蔵のお母さんの実家が事業に失敗して、20億円近い借金を團十郎家が負ったそうです。それを最近の海老蔵の頑張りで借金は数億円まで減ったとか。
ちょっと良い話ですし、お母さんも孝行息子に感謝したようです。しかし、そのことが海老蔵のおごりを招き、今回の事件の原因になった可能性があるというのです。
孝行息子に遠慮して、父親の團十郎も息子の乱行を叱れなかったのでしょうか。



言わせてもらえば、親の借金を返したからといって、偉そうにするのは言語道断ですな。
わが社もピーク時には270億円を超える借入金があり、一時は途方に暮れたこともあります。しかし、わたしは親が作った借金を子が返すのは当然だと思っていました。
「愚公、山を移す」という中国の寓話があります。もともとは『列子』に由来しますが、毛沢東が『毛主席語録』の中で紹介しており、わたしはこちらを読んで知りました。
昔、華北に住んでいた北山の愚公という老人の物語です。彼の家の南側には、その家に出入りする道をふさぐ太行山と王屋山という2つの大きな山がありました。
愚公は、息子たちを引き連れ、鍬でこの2つの大きな山を掘り崩そうと決心しました。
利口者の老人がこれを見て笑い出し、こう言いました。「お前さんたち、そんなことをするなんて、あまりも馬鹿げているじゃないか、お前さんたち親子数人で、こんな大きな山を2つも掘ってしまうことはとてもできやしないよ」と。
愚公は、答えました。「私が死んでも息子がいるし、息子が死んでも孫がいる。このように子々孫々つきはてることがない。この2つの山は高いとはいえ、これ以上高くなりはしない。掘れば掘っただけ小さくなるのだから、どうして掘り崩せないことがあろうか」と。
愚公は知恵者の誤った考えを反駁し、少しも動揺しないで、毎日、山を掘り続けました。天からこの様子を見て、これに感動した上帝は2柱の神を下界に送って、2つの山を背負い去らせたといいます。



わたしがこの寓話を読んだのは15年ほど前で、その頃、東京から北九州市へ居を移したばかりでした。父が経営する会社が深刻な危機に陥り、明日にもどうなるかわからないという時でした。当時、わたしはプランナーとして活動しており、著書も定期的に書き、将来の展望も見えはじめた時期でした。少しだけ悩みましたが、「長男としての務め」とわりきって覚悟を決め、北九州市に本社を置く父の会社に帰ったのです。
そのとき、拡大しすぎた事業内容と、年商を超えるほどの膨大な借金という2つの山が瀕死の会社にのしかかっていました。
正直、途方に暮れましたが、「愚公、山を移す」を心の支えとして、とにかく広げすぎた事業は「選択と集中」でシェア1位の営業エリアのみに絞り、不採算事業からも次々に撤退しました。借金も、とにかく返して返して返しまくりました。



その結果、会社は適正規模で順調に発展していきました。
おかげさまで、一昨年、借金もほとんど完済しました。
270億円を越えるピーク時の借入金は、10年前のわたしの社長就任時で約半額の140億円ぐらいになっており、父とわたしの2代でなんとか返済したことになります。
リクルート事件後に実に1兆円を返したリクルートや、佐川事件の後で8000億円を返した佐川急便など、膨大な借金を10年あまりで返済したケースは他にもあります。
しかし、当社もその売上規模などを考えるとリクルートや佐川急便と同じくらいの難易度の返済を実現したという自負があります。
もちろん、わたし1人の力で返したのではありません。社員全員の努力の結果ですし、特に、実の弟には助けられた部分が非常に大きかったと感謝しています。
いずれにせよ、わたしは、なんとか絶望の底から這い上がることができました。



あきらめてはいけない。2つの山は必ず掘り崩せると信じて、掘り続けていきました。
そのうち、愚公のように天の神様が助けの手を差し伸ばしてくれたとしか思えません。
それくらい、わが社は奇跡的に財務内容を改善し、業績を回復したのです。
祖父や親が残した借金も財産の一部です。それを返すことによって、人間として精進することができ、智恵がつき、自信を持つことができるのですから。
実際、わたしも借入金を完済したことによって、「男としての自信」がつきました。
この自信は、たとえベストセラーを連発したとしても絶対に持ち得なかったと思います。
もちろん、会社の借金と個人の借金は意味合いが違う。それぐらい、わたしも理解しています。しかし、10億や20億の借金を返したからといって、おごり高ぶり、ましてや親を見下すようなことがあったとしたら、とんでもないことです。もし、それが本当なら、本人が言うように「山ごもり」でもして、人間修行をし直したらよろしいでしょう。


2010年12月10日 一条真也